空は示す

 私の趣味として、自然の観察などがあげられるが、もうひとつの趣味は散歩である。自覚こそしてはいなかったが、我が友人であり同僚である孝一が言うにはそうらしい。

 とある日の日曜日。私は、趣味といわれた散歩にいつの間にやら出ていた。どうも、私は無意識に外に出る傾向があるらしい。しかし、それはもうひとつの趣味とつなぐならば、もってこいの趣味である。自然の観察ということは、つまり外に出なければならない。外に出る散歩が趣味ならば、自然の観察という趣味も一緒に果たせるのである。

 その日、私は少し高台のほうに昇っていこうと考えていた。その高台には美しい桜が咲くのだが、あまり知られていないスポットで、美しい桜を毎年独占してみることができるような場所である。私がこのときいった時期は、春でなかったら桜を見ることはなかったが、高台だけに町並みを一望することができ、夜になると綺麗なスポットでもある。

 そうはいっても、私は夜景には興味がない。ただ私は、その場所の木々をみようと行っただけだったのである。

 二百段もある階段を上ると、そこには珍しいことに先客がいた。この場所は前述したとおり二百段もあるから、あまり人は来ず、いつも閑散としているのである。

 どうやらその先客は、目に双眼鏡を当てているらしい。その双眼鏡で周りを見ているのだ。しかし、ここで見えるとなるものは、ビルばかりで特に見えるものはないのだが。私は、そのとき盗撮か何かをしているのかと考えた。ビルの中を双眼鏡でみるのは、ここではたわいもないことだろう。

「何をしていらっしゃるんですか?」私は先客の側に近づき、話しかけた。

 その先客はびくりともせず、ゆっくりと目から双眼鏡を下ろしこちらに振り向いた。

 それは若い女性だった。綺麗な顔立ちをしており、そばかすなどというものはまったく見当たらない。身長は、百五十センチより大きいぐらいで、肩にまで髪がかかっている。

「何をしていらっしゃるんですか?」私はもう一度言った。

「バードウォッチングですよ」と女性は答えた。

「バードウォッチング?」私は鸚鵡返しした。「こんなところで、バードウォッチングができるんですか?」

「できますよ。鳥がいる場所でなら、どこでもできないことはありません」

「しかし、こんなところでバードウォッチングをしなくてもいいでしょう」私は指摘した。

「時間があるときは、いつももっといいところへ行っているんですが、今日は時間がないので、都会の鳥を観察してるんです」

 私は女性が先ほどまでみていた場所をみた。確かに、鳥は飛んでいる。だが、少数だ。

「いますでしょう?」と女性は言った。「鳩などはここで観察するのが一番なんですよ。ここは高台ですから」

「しかし、こんなところでしなくてもいいでしょう」

「いえ、東京の街中ではここが一番いいところなんですよ。あまり知られていない場所ですから、ゆっくりと観察することもできます」

 確かにそれはそうだ、と私は納得した。それに、この女性の言葉には裏というものが感じ取れなかった。言葉は丁寧に話すし、いささかも同様していない。もし悪いことをしているとき、他人に話しかければ動揺するのが常であろう。それが、彼女にはないのだ。

 私は彼女に、私が知っている限りの鳥の知識を質問してみた。バードウォッチャーならば、鳥についての知識はあるだろうと考えて質問したのであるが、それをその女性は軽々と答えていった。ついに、私の知識が底を尽きたとき、彼女は質問に対して全問正解していたのである。そのとき、私が勘違いであることを悟った。

 私は事情を説明し、彼女に謝ると彼女は言った。

「いいんですよ。わたしも紛らわしいことをしていたのですし、あなたが悪いわけじゃありませんから」

「しかし、ここでバードウォッチングできるとは知りませんでしたね」と私は言った。「私は何度もここに足を運んできていたんですが」

「ここは春以外には、ほとんどの方がいらっしゃりませんから」

「おや、あなたもここが桜のスポットということをご存知ですか?」私は驚き聞き返した。

「はい。昔、春にここに来たことがあって、そのとき知ったんです」

「そうでしたか。いやはや、ここはほとんど知られていない桜の名スポットでしてね。春にはゆっくり桜が見える場所なんですよ。よかったら、春にでもいらしてくださいな」

「はい。ぜひ、そうさせていただきます」

「まあ、今年の開花がいつ頃になるかはわかりませんが。昨年は、結局咲きませんでしたから。でも、今年の予測だと咲くだろうという話ですけどね」

「あら、そのような情報がもう公開されているのですか? わたし、初耳です」

 彼女は私の言葉に引っかかりを感じたらしい。私は、気象庁員である旨を告げると、いささか驚いているようだった。

「そうだったんですか。驚きました」

「特に身分を隠すつもりはなかったんですが、まあ、私みたいな人間は珍しいみたいですからね」

「いえ、そういうつもりでいったわけでは…………」

 私は多少気まずくなり始めていたので、別の話題をふった。その話題というのは、結局私の自然観察という趣味に基づいたものだったが、彼女はそれを理解し熱心に聴いていた。話題によっては、論じ合う部分もあり、彼女とはいつしか意気投合してきていた。

 話題も尽きなかったが、彼女はそろそろ帰らなければ、というので話は打ち切りとなった。

「失礼ですが」と別れ際彼女は言った。「あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「月島といいます」と私は言った。「月島琢志です」

「月島さんですね。私は、南場(みなみば)ななといいます。また、こっちに来るとき、会えましたらお話しましょう」

 彼女はそういって、辞去した。


 それから何日もたった日、私は孝一とたわいもない話をしていると、ふっと最近の異常気象についての話題に移り変わった。

「ああ、前にあった豪雨か」とこういったのは私である。「あれはひどかったな。確か、予報に出なかった謎の雨だったよな?」

「そうさ」と孝一。「あんな雨が降るなんて……と、大分驚いてたよ。まあ、おれも驚いたけどな」

「そりゃあ、そうだろうな。今まで、こんなことはなかったわけだし」

「いや、確か初めてじゃなかったと思うぞ」孝一は指摘した。「ほかにも何件かあったはずだ。まあ、どこであったかは思いだせないが。それでも、大雪や大型台風に見舞われたのは確かさ」

 豪雨……大雪……大型台風。これらの異常気象は、前線を調べればわかることであるから、予報が出されないということはありえない。しかし、調べていたにもかかわらずまったく予期していなかった気象が起こったのである。それも、大型の……。

 このご時勢であるから、気象は完全な機械で行われているのはご存知であると思う。私はまだ三十で年老いてはいないが、老人たちの言葉を借りたいと思う。つまり、機械などあてにならない、だ。

 私は、庁でも影の薄い??いわゆる窓際部署に近いところにいる人間である。暇なことが多い人間である私は、よく空を見上げる。空には、雲があり青空が広がり、また夜になれば、星が輝きだす。煙やら熱やら水蒸気やらは、みな空に飲み込まれていく。空にはさまざまなことが起こるのである。そこから、何か読みとれやしないか、と思うのである。

 よく、地震雲などというものがあるということを聞くが??それの真偽がどうにせよ??空には、私たちに何かを知らせようとしていることがある、と私は考えている。一度だけ、とある雲を見て、今度雨が降るであろうと予測したことがあるのだが、そのときの予報ではまったく雨の予報はなかったが、雨が降った。

 私はそのとき思った。機械は??人間は、自然の摂理にはかなわぬ、と。


 この週末の天気は良好です…………そんな予報がされていた週末の天気は最低だった。雨は降るわ、雪は降るわ、わんさかわんさかである。その週末、私は特にどこにいくということもなかったから、散歩にでも行こうと考えていたのにも、かかわらずこの状態ではまったく外に出る気は起きない。しかし、家にいてもまったくやることのない私は、ついに重たい足を動かして外へ出た。

 外は冷たかった。雪というのは、小粒程度でたいして降ってはいなかったので、それほど寒くはなかったが、雨は降っているのでそれなりには寒い。名いっぱいの防寒をして、私は雨の日の散歩に出かけた。

 このように、私は雨の日でも散歩に出ることがある。それは、太陽が照っているときとはまた違う自然の世界に行けるという楽しみもあるからである。ただ、冬は寒い。これだけが難点だ。

 私は、ふっとある場所で足を止めた。それは例の桜のスポットへと続く階段がありところである。私はあの女性??南場ななという名の女性がいるであろうか? と思い、二百段ある階段を上り始めた。女性にもてない私であるから弁明をするが、決して彼女が目当てではなく、その他の要因??討論など??をしたいと思っていっただけである。

 そこに彼女はいた。

「寒いですね」と私は声をかけた。

 彼女は振り向くと、すぐに私だと気づいたらしい。そうですね、と返してきた。

「こんな日に鳥は観察できますか?」

「いいえ、あまり見かけませんね」と彼女のは答えた。「でも、まあ、家にいてもやることがありませんので、ここに来るほかないのです」

「こんなに寒いのに大丈夫ですか?」

「私も月島さんと同じように、ちゃんと防寒していますから大丈夫です。ところで、月島さん。月島さんは、動物が危険を察知すると、その場から逃げ出すということを信じていますか?」

 その質問はあまりに唐突だったので、私はいささか面食らったが、信じていると答えた。

「では、鳥もその分類に入るとお考えでしょうか?」

「鳥? いや、鳥はどうでしょう。しかし、動物であることには変わりないので、入るんでしょうね?」

「私は入ると固く信じています」と彼女は冷静にいった。「月島さんは、前にあった東京での予想外の豪雨を覚えていらっしゃいますか?」

「予想外の豪雨とは、今年の六月にあった何件か床上浸水したあの豪雨ですか?」

「はい。あのとき、私はたまたま東京から離れていたのですが、私その豪雨が始まる前に、その東京でないところから見たんです。鳥たちが、西に移動して行くのを。しかも、それまでまったく鳥が観察できなかったのに」

「まさか、あの鳥の大移動のニュースじゃないでしょうね?」

「それです。私はそれを目の当たりにしたんですよ。それをみたのは私だけではなくて、私の知人も見たのですが、その方と論じた結果は『何かの予兆』でした。そして、その予兆が起きたのが、東京でのあの豪雨でした」

「それで?」私はそれの意図がわからなかったので、続きを促した。

「私は先週見たんですよ。鳥たちが、東京から離れて行くのを…………」

 その言葉に私は、言葉を発するのが詰まってしまった。この話の流れからの、この告白はつまり悪い予兆であるということを示していることは、私にでも読み取れる。ということは、また何かしら悪い予兆がおこるのであろうか? しかし、庁での予報ではまったくそんなものは観測されていないし、予報なんて出されていはいない。

「つまり」と私はいった。「何か、悪いことが起きるというんですか?」

「もしかしたらそうかもしれません」と彼女は答えた。「今日のこの天気も、予報外ですから。何かあるかもしれませんね。残念ながら、私にはそれが何かはわかりません」

 私は空を見上げた。空は、厚い雲に包まれ、太陽光は通さないといっているかの如く見え、また、大雨を降らしてやるぞ、と意気込んでいるように私は見えた。それ以外のことはまったくわからない。ただ、いやな予感がするばかりであった。

 そして、そのいやな予感は、翌週に入ってついに起こったのである。昨年六月の豪雨の襲来である。

あとがき

 この作品に登場する、月島琢志と南場ななは、それぞれ『花?桜のない季節?』と『鳥は予知する』に登場しています。この二人は、何かしらの縁がありそうだなぁと前々から思っていたので、いつか競演させられたら……と思って、構想を作ったのがこの作品でした。二人の共通点といえば、自然関係ということで、また、ななが鳥ということで、『空』をテーマにするのがいいだろうということで、できたのが、これです。

 よくわからない展開にはなっているとは思いますが、つまり私がただ琢志さんとななを競演させたかっただけなので、よくわからないことになってます(汗) でも、テーマには一応沿っているつもりです。はい。

 ちなみに、タイトルの「空は示す」は、アガサ・クリスティの短編集「クィン氏登場」の「空のサイン」からつけました。

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