鳥は予知する

 ななはその場所が好きだった。東京からずいぶん離れ、その場所に行くためには頂上へと続く道を離れなければならない。そのため、その場所を知っているものはほとんどおらず、彼女の場所といっても過言ではなかった。

 その場所からは美しい景色が眺められるほか、彼女の趣味のひとつであるバードウォッチングをするにも最適の場所だった。その山には鳥が多く生息しており、景色を見ている途中に鳥が現れるのは当たり前のことである。

 東京から時間がかかるその場所にななは毎週一回は必ず行っている。その生活をもう五年も続けた、その日も彼女はその場所へやってきていた。

「あら、高正さん。いらしてたんですね」

 なながその丘にやってくると、体つきのがっしりした背の高い男性が双眼鏡を覗き込みんでいた。ななの声をきくと、高正(こうせい)は双眼鏡から目をはずし、ななに微笑みかけた。

「ああ、ななちゃんか。ああ、今日は非番だったものだったからね」

 高正とはなながこの場所に来てから一年目にあった青年である。ななより年上であるが仲がいいのだが、彼女は敬語で話をしていた。高正は敬語でなくてもいいというのだが、ななは常に敬語で話しているとのことをいわれ、その後は何も言わなかった。

「今日は見れてますか?」となな。

「いいや、ほとんどみれてないね」残念そうに高正は言った。「今日に限ったことじゃないけどね」

「そうですよね。ここ最近、昔ほど多くの鳥が見れなくなってますよね」

 昔はバードウォッチングに最適だったこの場所も近年では、ほとんど鳥をみれなくなり最適でもなくなってしまっていた。さらにこの場所で観察する少ない人たちも、今ではななと高正しかこない状態だった。

「これも種の数が減少してるからだろうね」と高正は言った。「それもこれもえさがなくなってるのが原因なんだろうけど」

「この場所ももうダメですね……」ななは弱気になった。

「でも、まだまだ鳥は見れるし大丈夫さ。それにここに変わる場所をおれは知らないよ。ななちゃんは知ってる?」

「いえ、知りませんよ。それにわたしもまだここを捨てようとは思っていませんので、今後ともここに来るつもりです」

 ななはバッグから双眼鏡を取り出して、目をあてた。

 確かにその双眼鏡に映る鳥はなかった。昔はどこへやっても映り、嫌だったほどであるが、今ではそんな思いをすることなど到底無理な話だった。

 その日、ずっと粘って観察を続けていたが結局、昔ほどの鳥を観察することはできなかった。この場所はもともと、珍しい野鳥を観察するのではなく多くの野鳥を観察することができる場所だった。だから、珍しい野鳥がおらず数も少ないこの場所からは、これといったバードウォッチングが望めなくなった。

 ななは近くの町の宿に泊まり、翌日に東京に帰ることにしていたので、この日は高正と共に夕食を共にした。その間の会話はバードウォッチングとは関係のない話であったが、終わった後、コーヒーを飲んでいるときバードウォッチングの話に移った。

「もともとおれはあそこからバードウォッチングを始めたから、あの場所以外知らないんだよなぁ。どこか知ってる?」

「いえ、わたしもあそこから始めましたから、ほかの場所は知りませんね」

「そろそろあの場所もダメだし、変わるところを探さないとだめだよなぁ」

 ななはそれに答えることはなかった。


 翌日のバードウォッチングは今までにないほどはかどらなかった。昨日は少しばかりはみれたものの、この日はまったく見えない。まだ、眠っているかのようだった。しかし、このときすでに昼食を取り終えた時間だったから、眠っているということはないはずだった。

「おかしいなぁ」と高正は何度もつぶやいていた。

「不吉な予感がしませんか?」ななは出し抜けに言った。

「確かに。これだけ鳥がみれないときなんていままで一度もなかったしな」

 かつての賑わいはどこへやら。沈黙であたりは支配され、風すらも吹かず、ここに生物は生息していないように思われた。それから数時間、観察を続けていたが、状況は同じのまま時だけが過ぎて行く。高正はもう、疲れたのか座り込みながら肉眼で鳥を探していたが、ななはそのままずっと双眼鏡に目をあて、ずっと鳥を探していた。

「そろそろ帰ろうか?」

 夕暮れ時、高正は提案した。結局、そのときまで鳥は一匹も現れず、この日はまさかの観察なしという結果に終わった。

 暗いときに山を降りるのは危険であることを承知していたななはそれに同意した。

「そうですね……。まさか、こんな日があるとは思いもしませんでしたよ」

 ななはそういい双眼鏡をしまおうとしたときだった。突然、森のほうか鳥の鳴き声が聞こえた。それも一匹じゃない。大勢だ。

 それをきき、双眼鏡を目にあてなおし、観察を再開したそのとき、下にある森から大勢の鳥がいっせいに飛び出してきた。種別に関係なく、鳥たちは空に舞い上がり、羽ばたくのもできなそうなほど窮屈にしながら飛び、その森から遠ざかっていく。敵対同士にある鳥でも、敵対せず、その場ではまったく争いごとなどはおきていなかった。

 その様子をみた、高正も急いで双眼鏡を取り出した。まだまだ、続く、鳥の行列。彼らがいるほうとは逆に飛び去って行き、それは夕陽の出ているほうだった。

「い、いったいぜんたいなんなんだ、これは?」高正は行列を見ながらいった。「何かが起ころうとしてるのか?」

「わかりません」とななは答えた。「こんな現象初めて見ました」

 それから十分後ほどたつと、夕陽を背景にした鳥たちの行列だけがみえるようになり、しまいにはみえなくなった。

 そのことは、その日の深夜のニュースで報道が開始され、翌朝のニュースで一気に広まった。高正がその様子を写真にとっていたので、それが使用されたりもしていた。

 その出来事について、ななと高正は詳しく話し合うことはできなかった。なぜなら、ななは夜のうちに東京に帰らなければならなかったからだった。翌日に仕事が彼女を待ち受けていたのだ。

 しかし、その少ない時間で話しはした。そのときの結論は「何かの予兆」だった。


 翌週、ななはまたこの地を訪れた。あらかじめ、高正とは連絡を取っていたので、先日のレストランで待ち合わせをし、このことについて考えを述べ合った。だが、到達した結論はあの少ない時間で話したときのものと同じだった。

「じゃあ」と高正はいった。「いったい、何が起こるんだろうね?」

「それはわかりません」となな。「でも、それがどこで起こるかは検討がつくかもしませんけど」

「どうしてだ?」驚いたように高正はいった。

「あのとき、鳥たちは夕陽に向かって飛んでいったんですよ」

 ここでななは少し間を空けた。高正がそれで何かを考えることを想定したのだが、高正はそう考えておらず、続きを促したので、今度は問いかけるように試してみた。

「夕陽はどちらに現れますか?」

「そりゃ、西さ」と高正はすぐに答えた。

「そう西です。つまり、鳥たちは東に起こる何かを感知したんじゃないでしょうか? その予兆が起こるほうにわざわざ行くはずがありませんし」

「なるほど」高正は納得した。「じゃあ、事は東側で起こるということか。東といったら、ちょうど東京だぞ」

「ええ、わたしが住んでいる場所です」

「おいおい、じゃあ、東京に来るといわれている大震災が来るってことかよ?」

「そんな感じがしないわけでもありません。むしろ、それしかないような気がしますけど」

 ななはあっさりと答えていた。高正はそれに驚いたようだった。

「そんなにあっさり答えるってことは、ちゃんと自覚してるってこと?」

「ええ、いったい何が起こるのかは大体。先週東京に帰ろうとしたときから、この考えにたどり着いていました」

「じゃ、じゃあ、大丈夫なのか? なんか対策はとってきたの?」

「ええ、簡単に。建物が倒壊したらどうしようもありませんけどね」

 そのとき、ななの携帯に電話がかかってきた。席をはずし、電話に出ると、それはななの母親からだった。

「あ、つながった。大丈夫かい、なな?」

「大丈夫って何が?」ななは何がなんだかわからず聞き返した。

「何がって??東京はいま、大雨で、床上浸水が何十件もあるとかいう話じゃないか」

 それをきいてななは驚いた。そして、鳥たちが大勢飛んで行ったことの意味がわかった。鳥たちはこのことを察知したんだ、と。

「おい、ななきいてるのかい?」と母の声が聞こえた。

「ああ、ちょっと考えことをしてただけです。わたしは大丈夫よ。いま、東京にいないの。それに家だって、マンションの五階だし床上浸水はないと思いますし」

 それをきいて母親は安心したのか、一言言って電話を切った。

 ななは早速のことをを高正に伝えた。

「じゃあ、これが予期していたことだったんだ」

「みたいですね。はぁ、地震じゃなくてよかったです。地震じゃ被害が大きすぎますものね」

「本当だよ。しかし、その雨でも被害は大きいだろうな」

「そうでしょう。でも、床上浸水じゃ、少ないわけでもないでしょうね。ああ、鳥たちはこのことを予知したなら、どんなことが起こることまでわかってたんでしょうか? わかってたなら、それを教えてほしいものですよね……」

「もしかしたら、鳥は予知するが評価されて、そういう機械ができるかもな」

「そうだといいんですけどね。でも、おそらく、その機械ができるより前に被害は多くなるでしょう。まず、根本的な原因を改善しなければ」

あとがき

 この作品花鳥風月シリーズ第三弾の“鳥”がテーマのものです。最近、二次創作小説のほうでも花鳥風月シリーズを連載しているのですが、そっちの鳥のテーマの内容を、おおよそこっちに持ってきてます。つまり、二次創作のほうが元ネタになって、それを現代風にアレンジをした感じです。

 実は、この鳥も前回の花と同じく厄介者で、なかなかアイデアが浮かばなかったものでして。大変苦労していたんですが、二次創作のほうができたら、こっちも簡単にできるようになりました。いやぁ、ネタがあればすぐできるものですねぇ……。

 今思うに、この花鳥風月シリーズというのは、ただ単に“風”をテーマにしたものを書きたかっただけだったのを、拡張させてしまったような感じです。ようするに、ほか三テーマはやる気はなかったように思います。いや、でもいまはこうしてちゃんとかいてますから。次の月で最後ですしね。

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