Pull up

「リル、リー!!」

 ――バシャーン

 水しぶきとともに、元気がにじみ出たような陽気な声が辺り一帯を響かせながら、俺の目の前にそれが飛び出してくる。
 だが。

 ――ベシッ

 おれの左手のチョップが、それの額を捉え、鈍い音が響く。
 まるで時間が逆回転したかのように、再びバシャーンという音が響いて、それは水しぶきの中に消えた。

 はぁ、とため息を吐き、垂らしていた釣り糸を引き上げる。いかんせん、エサだけが綺麗になくなっていた。

 それが現れたときはいつもこうだ。何も引っかかりを感じなかったのに、器用にエサだけが抜き取られている。原因は先ほど打ち落としたあれのせいで、何度もやめろと言っているのだが、やめる気は全くないらしい。

 手早く新しいエサを取り付け、再び水面に浮かべる。

 水面は穏やかだ。この釣り場のある湖は、町から離れた森の中に位置している。湖は向こう岸に人がいたとしても気づかないほどの広さがあり、周囲は木々が生い茂る。そのため、他の岸に行くことは滅多にないし、徒歩で行くのも一苦労だろう。それでも行くとしたら、舟がいる。

 この岸は、町から一番近い方角に位置し、釣り場として開放するために、釣り用の桟橋や休憩用の東屋が建てられ整備されていた。しかも、町おこしのために整備されたものだから、使用料はかからない。もっとも、今日もだが、最近は誰も常駐していないので、支払わずにも使えそうだが。

 桟橋は、コの字で架けられており、線が抜けているところが岸辺だ。釣り人はおれ以外誰もおらず、貸し切り状態。午後から雨の予報だが、今のところ天気は「良好」だ。

「お、あれは……」

 釣り針を垂らしているところよりもっと遠くに、はっきりとは見えないが、背びれのようなものが見えた。最近はずっとボウズだったので、今日はあたりが引けそうな予感がする。

 だが、その予感は桟橋に上がってきたそれの姿を見たことで、吹き飛んでしまった。

 それは、絵描き歌にちょうどよさそうな真ん丸の体をし、耳が二つと手足がそれぞれ二つ、バネのような尻尾の先には丸いボールのものがついている。みずねずみポケモンという分類がされている、マリルというポケモンだ。愛らしい外見で、小さい子供から年配の女性まで幅広い世代に人気のポケモンで、マリルをモチーフにした商品は数知れない。

 だが、今はその愛らしい表情はどこへやら、口をへの字にした仏頂面をしている。おれの足元に到達すると、右手で額をさすりながら、左手でおれを指さし――現実問題、指はないわけだが――手を上下に振って何かを抗議し始めた。

「リルリル! リルリ!!」

 何を言っているかわからないが、怒っているのだけは伝わってくる。額をさすっているところを見ると、先ほどのチョップがとても痛かった、という抗議かもしれない。

「だから、いつもあんな飛び出し方するなって言ってるだろう」

「リルリ、リルリー!!」

 ――怒りは収まらないらしい。こうなると厄介だ。

「あー、もうわかった! わかったからちょっと待て」

 おれはさっさと妥協し、釣り用のエサが入ったケースから、いくつかエサを取り出して、マリルに差し出す。マリルは仏頂面から一転、まるで子供が自分のリクエストしたプレゼントが差し出されたときのような、満面の笑みを浮かべ、それを手に取り、一度に頬張る。頬張ったその後の表情は、美味しい! 幸せ! という気持ちがはっきり見て取れる。

「少しは静かにしてくれよ」

「リルリー!」

 うるさくしていると寄ってくるものも寄ってこない。釘は刺したものの、マリルは陽気な声で返事を返す。――わかってないなこいつ

 全く、と呆れる一方、純粋に嬉しそうな表情を見せるマリルを見てちょっと微笑ましく思った。わかりやすいやつだな、と思うものの天真爛漫なマリルを見ていると、不思議と心が落ち着くのだった。

 ふと、このマリルと出会ったときのことを思いだした。それはもう何年も前のことだと気づくと、時間の流れは早いなと思い苦笑いする。

 そう、あれはこの湖で行われていたコイキング釣り大会の日だった――。



 * * *



 もともとこの釣り場ができた理由は、釣り場ができる前から、コイキングがよく釣れるということで評判だったから、と聞いている。それを聞いた町は、少し場所が離れているものの、釣り場とすることで町おこしになると考えたらしい。その一環で、年に二度ほどコイキング釣り大会が開かれていた。

 おれもその大会に参加していた。

 その時の大会では、引っかかりが何度もあった。だが、引き上げてみると、何も引っかかっておらず、ただ、エサだけはきれいになくなっていた。

 そのようなことが何度も起こり、結局一匹も連れず、この時の大会の結果は散々だった。

 大会の優勝者は、自然が豊かなホウエン地方の出身で、さまざまな環境を経験しているというのを自慢げに語る、おれの嫌いな男だった。ただ、自慢するだけの成果を挙げる釣りの腕前があったので、周囲の釣り仲間たちからは、慕われていた。

 このとき、一匹も釣れなかった上、優勝したのが嫌いな男だったことで、おれのイライラはどんどん高まっていた。その中で、その男が優勝記念にみんなで飲みにいこうと言い出した。当然、おれは断ったのだが、しつこく迫られるも断り続けると、そいつは言い放った。

「つまんねーの。一匹も釣れなかったくせに、付き合いも悪いんじゃ、この先が思いやられるわ」

 その言葉でカチンと来た。おれはそいつの胸倉をつかみ、周囲が止める前に、そいつを湖に放り投げてやった。

 この一件で主催者から少々注意を受けたものの、それほど強いお咎めはなかった。なぜなら、それより一番注意を受けたのはその男だったからだ。放り落とさたことが問題だったのではなく、大会中に、自分のポケモンを何匹も使って、釣りを有利にしていたという不正が発覚したのだ。このことで、おれの行動よりも大きく問題視され、そいつがこの釣り場に顔を出すこともなくなった。

 だが、それはそのときわかっていなかったので、そいつは悪態をつきながら、ふんぞり返るように仲間たちと一緒に引き上げて行った。

 そのまま、一人で釣りを続けるものの、この日は一向に釣れる様子がなかった。それに追い討ちを掛けるように、ぽつぽつと水滴が手や頭に落ちてくる。ついに天気がぐずりだし、イライラした気持ちが治まらないまま、もうここまでだな、と思った。

 釣り竿が大きく引っ張られたのはそのときだった。

 片付けの準備を慌てて放り出し、釣り竿を握りリールを回す。しかし、獲物は必死に逃げ出そうとしていて、上下左右に力強く引っ張ってくる。握る力を弱めたら、釣り竿ごと引き込まれそうだった。

 この日の最大のあたりをふいにするわけにはいかない! 強い期待を力に、リールをぐるぐると巻き取りながら釣り竿を強く引っ張りあげた。

 途端、竿を引っ張る力が弱まった。強く引っ張っていた反動で、体のバランスを失い、後ろに尻もちをついてしまう。

「おおおうっ!?」

「リルリー!?」

 尻もちをついたおれの頭上から、何か鳴き声が聞こえた。上を振り向くと、青くて丸い何かが映った。しかし、それを認識しただけで、それがおれの顔面に直撃する形で落下した。

 仰向けに倒れたおれはそのまま落ちてきたそれを、顔から引き剥がす。そのポケモンこそが、マリルだった。

 このときマリルはぐるぐると目を回しており、少し口元から血がにじみ出ていた。マリルを抱えるような状態にして起き上がり、その血をハンカチで拭ってやり、声をかける。

「おい、大丈夫か? おい」

 マリルの目がゆっくりと開く。おれの顔を認識すると、げげげっと言わんばかりの表情をすると体を斜めらせ、逃げ出そうとした。しかし、うまく飛び出せず、反射的に押さえる力が強くなったおれから逃げ出すことができないと、暴れ出した。

「おいおい、やめろって。落ち着けよ!」

 恫喝するような声が出てしまったからか、マリルの動きが止まった。何かを観念したかのように伏せ目がちになり、少し涙を浮かべていた。おいおい、そんなにされるとおれが悪かったみたいじゃないか、と逆に困惑する。

 マリルの額は赤くなっていた。直撃したときにできたであろうそれを、さすってやりながら、優しく言う。

「何も怖がることはないよ。口元の傷と額は大丈夫か?」

 マリルは、まるで今気づいたかのように、口元と額にそれぞれ手を当てる。口元の血が手につき、それを確認するが、特に何もなく静かに頷いた。それを確認すると、マリルを地上に降ろしてやり、エサ箱からエサをいくつか取り出して差し出した。自分の負い目に対して、少しの償いをするつもりだったのだが、それは予想以上の効果をもたらした。

 涙目になっていたマリルの表情が、パァと一瞬で嬉しそうな表情に変わり、差し出したエサを食べた。そんなマリルを見ると微笑ましく思ったのは、このときからだが、このとき内心ではうんざりしていた。大会の後の出来事がこれで、結局、大物が釣れたわけでもない。気づかないうちに雨も強くなっており、今日はこれ以上やっても釣れなさそうだった。

 ため息を付きながら、うれしそうに食べるマリルをよそ目に、立ち上がって背後に転がった釣り竿を回収した。

 踵を返し、今日はもう引き上げようと思っていると、食べ終えたのだろうか、釣り場の近くにこちらに背を向けているマリルがいた。湖に戻るのかなと見ていたが、そのような気配はなく、何かごそごそしていた。何をしているのかと覗き込んでみると、おれが先ほど手にしていたエサ箱を手に取っている。

 と思った刹那、そのエサ箱を掲げるように持ち上げ、口の中めがけて逆さまにする。

 驚いたおれは急いで持ち上げているエサ箱を取り上げる。しかし、時既に遅く、エサ箱は空になっていた。

 マリルを見やると、おそらく恨むようなひどい顔をして見ているだろうおれの表情とは正反対の満面の笑みを浮かべながら、食べたエサを咀嚼している。

「あのなあ――」

 調子に乗りやがって、と思った矢先、ふとマリルの腹が膨れていることに気づいた。もともとマリルという種族はふくよかな腹をしているが、余程太っているのか、明らかに腹が膨れていた。

 ふと、とあることが頭をよぎった。

「まさかとは思うが」

 マリルの咀嚼は止まらない。

「大会中、ずっとつけていたエサを食べてたんじゃないだろうな?」

 マリルの咀嚼が止まる。

 少しずつ顔色が悪くなったかと思うと同時に咳き込みだした。

 しかし、咳き込んだマリルを助けようとはさらさら思わなかった。

 ふと思ったことが正しかったと確信した。少しの間吹き飛んでいたイライラが急上昇する。

 今回の大会の結果は――。

「お前が邪魔したのか!」

 マリルはびっくりして、湖へ逃げ出す。しかし、おれはそんなマリルを追いかけて、湖に飛び込んだ――。



 * * *



 マリルとの出会いは散々だったものの、それからおれがこの釣り場に来ると、マリルも顔を出すようになった。最初は無視していたのだが、浮かべたエサを食べるのは相変わらず。何度も怒りを露わにしたが、気にもせずいつも顔を出し続けていた。

 やがて、一度はエサを取るものの一度やったらやらない、という自己ルールで妥協するようになったらしく、今に至っている。普通にやるから浮かべたエサを取るなよ、と何度も注意しているがそれについてはやめる気がないらしい。

 気づくと、小雨になっていた。気になるほどのものでないので、そのまま水面を見る。

 しかし、最近はコイキングの釣りもさっぱりだった。マリルと出会った数年前の大会以降、釣れるコイキングの数は減少し、だんだん釣り人たちも不漁となったこの釣り場に寄り付かなくなった。おれだって、最後に釣れたのはかなり前になる。

 それでも、この釣り場を見捨てずに足を運ぶのは、今も隣で虎視眈々とエサ箱を狙っているこのマリルがいるからなのかもしれない。エサ箱に手を出したマリルからそれを回収すると、がくっと倒れ、涙目になって両手でそれを返してくれ、と懇願している。

 そんなマリルを見て、マリルがおれに寄り付いた、のではなく、自分自身がマリルに寄り付いたのではないか、と気付くと苦笑いする。

 渡す気がないと見たのか、マリルはジャンプしてエサ箱を手に入れようと試みる。だが、それでも届かない位置にエサ箱を上げ、それを回避すると、しばらくして、目に見えてマリルは疲弊していた。おれは、マリルにエサをやるため、箱を下ろした。

 と、それを待ってましたとばかりにマリルはジャンプした。しかし、勢い余ってエサ箱に頭突きをお見舞いしてしまった。

 強い力が加わったエサ箱は、手から離れ宙に舞う。そのまま放物線を描き、釣り糸を垂らしているあたりまで飛んでいく。行く手を追っていると、そのあたりに背びれが出ているのが目に入った。それは青く、ぎざきざした刃のような形をしていた。

 エサ箱はその背びれの近くに落ちた。

 その背びれが黄色でないことから、コイキングのものでないことはすぐわかる。だが、この辺に生息しているポケモンはコイキングばかりではないが、あのような背びれをしたポケモンを見たことがない。

 何の背びれだろう、と考えているとマリルが袖を引っ張っているのに気づく。それに気づいたのがわかると、おれを引っ張り、どうやらこの場からどかせようとしたいらしい。

「どうしたんだよ――」

 そう口にした瞬間、水を切る音が湖から聞こえた。湖を見ると、先ほどの背びれがこちらを睨めつけながら迫っている。それは、青と白のツートンカラーをし、大きな口に牙を生やしているポケモン――。

「なんで、サメハダーがこんなところに!?」

 サメハダーは水面を飛び上がり、こちらを睨みつけたまま迫ってくる。一瞬のことで反応が遅れたものの、必死に横に身を投げる。すると、マリルはそれとは反対にサメハダーに向かって飛び出し、サメハダーの直撃をダイレクトに受けてしまう。

 その反動でマリルはこちらに加速度をつけて戻り、それを受け取る形でおれに直撃し、反動で後ろへと転がってしまう。

「大丈夫か?」

 マリルは頷いた。少し腹部をすりむいているが、大丈夫なようだ。不安そうな表情で顔を覗き込んでくるマリルを桟橋の上に置き、頭に手を置いて大丈夫だ、と伝える。

 しかし、起き上がろうとした瞬間、左足に痛みが走った。再び倒れこみ、左足を抑える。今の回転で強く打ち付けてしまったらしい。再び立ち上がろうとしても、左足に強い痛みが走り、立ち上がれない。

「リルリー……」

 マリルが左足に手を添えてくれる。ありがとう、そう言って心配しないよう頭に手を置いてやろうとしたその刹那、マリルは一瞬にして視界から消えた。後には、手のひらにすりむいた痛みが走る。目の前を通過した方に視線を向けると、サメハダーが湖に姿を消す瞬間だった。その姿を消した水面に、マリルが一人浮かんでいた。

 背びれが再び現れる。と思うと、八の字型で中央にいるマリルを左右から攻撃し始めた。マリルは最初こそ何とか抵抗しようとしていたものの、次第に抵抗する力が失われているのか、身動きが取れなくなっている。

「さっきのはすまなかった! 謝るからもうやめてくれ!」

 湖面におれは叫ぶ。しかし、サメハダーの攻撃の手はやまない。それどころか、さらに加速し容赦なく攻撃を続けている。

 ピキッと頭の中で何かが弾ける音がした。

「くそっ、やめろって言ってんだろ!」

 左足を引きずりながらも、釣り竿を手に取り、湖の中へ体を転がり落とす。左足の自由が利かないが、ライフジャケットがある。何とかクロールによる力と右足の力でマリルへと近づいていく。

 それに気づいたサメハダーは、攻撃の対象をおれへと向けてきた。おれは釣り竿でサメハダーを攻撃するものの、何度かやるうちにおれの周りをぐるぐると回り始め、タイミングを見計らって直撃してくる。その速さについていけず、なかなかこちらの攻撃は成功しない。それどころか、逆に相手の特性「さめはだ」によって、直撃のダメージと直撃した箇所のひりひりした痛みが積み重なっていく。

 マリルはまだ水面に浮いていた。尻尾が浮輪代わりになるからか、目をぐるぐるさせているものの、沈むことなく大丈夫なようだ。しかし、早く怪我を手当てしなければ。

 そのときだった。急に自分から浮遊感がなくなったのは。

 ーーライフジャケットが破れた。

 足をばたつかせ、手の力を最大限に使い、何とか浮遊を保とうとするが、保てない。そんなおれにサメハダーは容赦なく、おれの体に直撃する。何とかもがくものの、体は水中へと沈んでいく。

 本能的に何とかしなければ、と思うぐらいの意識はまだある。しかし、いくらもがいても上昇できず、水面はどんどん遠のいていく。

 ごぼごぼという音が聞こえる。サメハダーの泳ぐ音だ、と直感したがどうすることもできない。相手のホームグラウンドに飛び込んだ哀れな虫は抵抗することもできず、その直撃を受ける。

「がぼ………………!」

 息が漏れる。早く水面に出なければと心は焦るが、いくらもがいても体は水面から遠のくばかり。

 意識が遠のいていく――――。

 ああ、マリルを助けるために飛び込んだのに、自分がこうなっては意味ないな、と辟易する。

 遠のく意識の中で、最後に聞いたのは、再びのごぼごぼという音だった。



 * * *












「リル………………リ……」

 不快な音だった。だが、どこか安心を覚える音でもあった。

「リル……リ……リル……リル!」

 音をだんだんと認識していく。なんだ、うるさい声だな、静かにしくれよ。

「リル……リー! リルリル!」

 その声がマリルの声だと認識すると、ゆっくりと何かを感じるようにまぶたを開く。

 映ったのはマリルの顔だった。心配そうな表情でおれの顔を覗き込んでいる。目を開けるのを確認すると、パァっと表情が明るくなり、再び声をかけてくれる。おれは右手を動かし、マリルに触れる。

 少しずつ状況を理解していく。ああ、そういえば水中で意識を失ったんだっけ……。そう、サメハダーに襲われて。

 そのこと気づきはっとする。しかし、左手には土の感触を感じ、浮遊感もない。マリルの背後に見える灰色の空や土の匂い、聞こえてくる木々のざわつく音や雨の音。少しずつ戻る五感で、今、陸地にいることを認識し、サメハダーから逃れることができたことを漠然と認識した。

 ゆっくりと起き上がる。マリルが少し手を引っ張り、起き上がるのを手伝ってくれる。

 いたのは桟橋から少し離れた岸だった。桟橋はおろか周辺にはいかんせん誰もおらず、この騒ぎに気づいた人はいないようだった。そして、問題のサメハダーも見渡す限り、姿形が全く見えず、湖はいつもの穏やかな水面に戻っていた。

「お前が助けてくれたのか?」

「リルリー!」

 マリルはその短い手を腰に当てる仕草をして、えっへん! と、どうだと言わんばかりに言う。

 ああ、やっぱりこいつは変わらないな、と思って微笑する。もうちょっと愛嬌があるともっともっと好きになれるのに、なんて思ったりするときもある。だが、こいつはこのちょっと調子に乗ったところが、個性でありかわいいところでもあるんだな、とふと思った。

 マリルの頭に軽くげんこつした。そして、痛がる仕草をするマリルを抱きしめて、一言。

「ありがとう」

あとがき

 最後までお読みいただきありがとうございます! 本作品は、ポケモン小説スクエアの覆面作家企画4で「釣り竿」をテーマにして投稿した作品です。

 前作「旅立ち」から早いもので二年が経過し、その間に長編も書いていなかったので、二年ぶりの作品になりましたがいかがだったでしょうか。

 実は本作品を書く前に一作書いていたのですが、展開がうまくまとまらずにボツ作品になってしまいました。実質的に書いたのは二年ぶりではなかったのですが、作品を仕上げることができたという意味では二年ぶりですし、そのボツ作品から発想を展開していて本作の構想が生まれたので、ボツ作品と言っても大切な作品です。ただ、本作はそのボツ作品のテーマをベースに初稿を完成させていたたのですが、話の流れ的に不都合が生じることから、結局そのテーマはボツになってしまっています。

 以前、覆面作家企画1で投稿した「雨の日の「日常」」にもマリルが登場(※同じマリルという意味ではなく、種族として再登場)していたのに、今回マリルを採用したのには、そのテーマがあった上での、マリルといえば雑巾! というネタを使うためでした。もう使い古されたネタですが、後述の普段とは異なる雰囲気を作るためにというのと、ネタに伏線を張りこむことができたので、よい発案だと思っていたのですが、テーマ自体が崩れてしまったので使うことができなくなってしまいました。

 もとより、「雨の日の「日常」」とテイストが似ているなとは思っていたので、テイストが似ていて同じポケモンが登場する作品を同一企画で投稿する自体になってしまい、企画としてよかったのか悪かったのかは、このあとがきを書いている時にはまだわかっていません。悪あがきの惑わしにしか思えないのですが、それが好転してればいいのですが……!

 また、悪あがきという意味では、普段とは違う雰囲気を出すように心がけました。

 一つ目は、くすっとくるネタを多く使ったことです。ギャグ小説的なはっちゃけた感じにしたら、ばれないだろう! と思ったのですが、そのような小説を書くことがそもそも私にはできなかったので、くすっとくるネタ程度に落ち着きましたが、そもそもくすっときたのかどうかはわかりません。ただ、主人公ともども調子のいいやつだなー、とは思っていて、キャラクタとしてしっかりと確立しました。あれ、雰囲気作りはどこへ……。なかなか難しいですねえ……。

 二つ目は、ポケモンの鳴き声をセリフとして表現することです。これを書いた時点で、あれサメハダーの鳴き声書いてなくない? と気づいたのは秘密です。つまりそういうことで、普段から、鳴き声をセリフとして表現することはしないと決めているので、意識的に書いてたんですけど、抜けてしまっていますね。以前、鳴き声(のセリフ)に苦労するというお話を聞いたことがあるのですが、あまりに納得いっていなかったのはこのためです。こんな細かいところ気づいてないよ! と言われたら、普段と違うもへったくれもありませんでした。

 ただ、書いてて思いましたけど、やっぱり自分の作風というか雰囲気は抜けてないですねえ。書いていて、あれこれ……と自分で思ったので、間違いないと思うのですが、まあ何はともあれ楽しんでいただけていれば何よりです。

 これまで取り組んできたのとは少し違う部分を取り込んだからなのか、最近全く書いていなかったからなのかわかりませんが、なかなか書くのが大変でした。しかし、久々に書いてみると楽しいものですね、また新しいのを書きたいな、という気持ちが出てきました。まあ、本当のところ、一番楽しかったのは、このあとがきだったりするのですが。

 お読みいただきありがとうございました!

 初版:二〇一五年五月四日
 二版:二〇一五年五月十八日
 三版:二〇一五年五月二十五日
 四版:二〇一五年六月四日
 五版:二〇一五年六月五日

もくじ