ヌオーの湖

 囲まれた。

 殺気だった戦闘態勢のヌオーたちが、私たちの周りを取り囲んでいる。一歩ずつゆっくりと私たちに近づいてき、少しでも私たちが動けば攻撃を仕掛けてくる態勢だ。

 私の後ろで少年がジリッと動く。この状況に少年が怖がっているのが伝わる。――早く何とかしなければ。

 私は腰に身に着けたボールに、ゆっくりと手をかけた。私たちの前にいる、紫色のヌオーを見つめながら。

 素早くボールを投げた。その瞬間、紫色のヌオーは声を上げ、私たちに迫ってきた。




 デスク上の電話が鳴った。

 私以外は誰もいなかった。このタイミングの悪いときに、と思いつつ、読んでいた新聞を置き電話を取った。

「はい、こちら――」

「探偵さんですか?」

 ドキッとした。言い終わらないうちに口を挟まれたのもそうだが、何より驚いたのが、その声が若い少年の声だったからだ。この事務所に似つかわしくない、声変わりのしていない少年の声だった。

「そうですが、どちら様?」

「助けてほしいんです!」と声の主は声高に言ったので、少し耳から受話器を離す。「僕のポケモンがどこかに行ってしまったんです。そのポケモンを探していただきたくて……」

「あのねえ、君。ここは探偵事務所なんだ。君みたいな子が電話をしてくるところじゃないんだよ」と少し雑に言う。「そういうことはお父さんやお母さんにお願いしてみるんだね」

「お父さんとお母さんには、言えないことなんです」声の主のトーンが下がる。「どうか、僕を助けてください。他の人には言えないことなんです。僕は――」

「悪いがこちらも今仕事中なんだ。切らせてもらうよ」

 私は受話器を耳から離した。その瞬間、受話器から「待ってください!」と言う声が聞こえる。

「あのねえ――」受話器を耳に当てなおし私は言う。

「助けが必要なんです。僕は」――と彼は一方的に住所を告げてきた。口を挟むがしゃべり続けている。――「お願いします! 絶対に来てください!」

 そう言って電話は、思わず受話器を耳から離すほどの大きな音をたてて切れた。

 ため息をついて受話器を置いた。

 ――なんだったんだ、今の電話は。




「久しぶりに来たと思ったら、仕事かよ」

 と、彼は笑いながら私の前にコーヒーを出した。

 少年と思われる声の主から電話があった翌日、私は声の主が告げてきた住所の近くの町に来ていた。

 仕事を期待しているわけではない。押し切ってまで来てくれ、と言った少年の隠している事が少し気になったが、一番の目的は今コーヒーを出したこの男――ジョウに久しぶりに会おうと思ったからだ。

 ジョウは、私の学生時代の友人で、この町でカフェを開いている。背が高く、丸坊主の頭でいささかいかつい顔立ちだが、その柔和な笑みが見た目の怖さを和らげている。接客業には向かない顔立ちだが、この笑みでカバーしている。

「最近の調子はどうだ?」とコーヒーを啜りながら訊く。

「まあまあかな。それよりお前はどうだ? この町にお前向きの仕事があるとは思えないんだが、まさか油を売りに来たわけじゃないだろう?」と彼はニヤニヤ言う。

「もしかしたら、そうかもしれないな」と私はそっけなく答える。

「おいおい、冗談のつもりだったのに商売上がったりなのかよ」

「探偵なんて経費がかさむだけで、あまり儲かる商売じゃないよ。よくわからない電話も来るしな」

 私は胸ポケットを探りタバコを取り出した。しかし、そこで思いとどまり、元通りにしまった。

「禁煙中か?」彼は面白そうに訊ねる。

「それより少し聞きたいんだが」と彼を無視して言う。「あの湖のはずれに家が一軒あると思うんだが、あそこに住んでいるのはどんな人だ?」

 ジョウの表情からニヤニヤがなくなる。と思ったら少し面白そうな表情に変わった。

「ニシノさんのことか? あそこで何かあったのか?」

「それに関してはノーコメントだ。ただ、どんな人が住んでいるか知りたい。子供はいるのか?」

「いるよ。名前はちょっと思いだせないけど。そもそも、名前を知っているかすら怪しい」

「同じ町の人間なのに知らないのか?」私はちょっと驚いた。

「あの家は訳ありでね。最近引っ越してきたんだけど、何せあんな町の外れに住んでるし、町にほとんど下りて来ないんだ。下りて来たときに話しかけてもそっけないし、話しかけても無視されることが多いらしくてね。当然この店にも来ない。だから、詳しいことは何もわからないし、ちょっとあの家は気味悪いというか……」

「気味悪い?」

「お前は湖の一件は知らないか? 少し報道されたから、アサギにも伝わったかもしれないと思うんだけど、あの湖は今ちょっと問題になっていてね」

 そのニュースなら聞いた。一ヶ月ぐらい前のことだったが、この町のはずれにある湖が急速に汚れ始めたというニュースだった。急に水が汚れ始めた原因は不明で、当時は水質調査が入るという話だったが。

「そうそう、それでニシノさんが引っ越して来た後から湖が汚れ始めたんだよ。偶然だと思うんだけど、何しろニシノさんの素性がわからないということもあって、あの家が関係してるんじゃないかっていう噂があるんだ。ここ最近、湖周辺じゃ他にも変なことが起きてるし……」

「湖が汚れていること以外にも、何かあるのか?」

 この湖の名物として、ウパーやヌオーが多く生息していることがあげられる。湖の中や湖周辺にはウパーやヌオーの姿を多く見ることができ、のんびりした雰囲気を作り出している。こののんびりした雰囲気と、湖の美しい景観から湖に絵を描きに来る人も多いというが。

「そのヌオーたちが最近あまり姿を見せないんだよねえ。相変わらずのんびりしたヌオーはところどころにいるんだけど、圧倒的に数が減ってるんだ。あと、最近地震が多いこともあって、ニシノさんがヌオーを乱獲してるって言う噂もある」

「地震と乱獲に何の関係があるんだ?」

「乱獲するためにバトルしてるってことだよ。本当にニシノさんが引っ越してきてから変わったことばっかり起こるから、噂も耐えない。もっとも、どれもこれも噂だからおれは信じてないけどね」

「噂なんて一人歩きするからな」と私は言った。



 件の湖には一つの伝説がある。

 かつて――まだ数十年前のことだが――今回のように湖が汚れ、汚染されていたことがあった。その原因は、湖の近くにあるゴミ処理場から出る産業廃液で、少しずつ湖に流し込んでいたらしいが、ポケモンたちの異常行動や油分が浮いている状態が確認されたため、調査の結果明るみに出た。

 訴訟により、処理場はほぼ閉鎖状態で現在はあまり稼動していないが、産業廃液で汚染された湖には人もだが、ポケモンも寄り付かなくなり、湖にはポケモンの無残な姿すらあったという。町の住民たちは元に戻そうとしたが、そう簡単に戻すことはできず、数年が経過した。

 そのような日々が続いたある日、湖を訪れた人物が、湖の対岸に美しいクリスタルのような輝きを持つ姿のポケモンを見たという。それは続にスイクンという伝説のポケモンであると考えれているが、真っ先に驚いたのは、澄んだ色をした水が張られている湖だった。

 スイクンには水を浄化する力があるという。気づいたときには、既にスイクンはその場を去っていたが、このときスイクンが湖を救ったんだという話が町中に広がった。

 湖を救ったスイクン。それを称え、この出来事を忘れないようにという意味も込めて、エンジュ産の立派な鳥居付きの祠を建てた。


 ――しかし、その教訓は裏切られ、再びこの湖は汚れてしまった。


 私は一度見たことがある。この湖の澄んだ姿を。

 湖の東側には、南のこちら側から北側にかけて上がっている崖がある。崖の上には川が流れており、湖に滝となって降り注いでいる。崖には木々が生い茂り、西側の岸にも木々が生い茂る。湖を一周できるよう道もできているが舗装はされていない。

 湖を多い尽くすような木々だが、それらを映し太陽の光を浴びたこの湖は圧倒的な景観になる。太陽の光を照り返し、木々を輝かせ、湖自体も底まで見える透明度の水を輝かせる。いかりのみずうみに続く、ジョウトを代表する湖と言ってよい湖だった。

 だが今。その景色の中心となる湖は黒ずんでいる。かつて澄んだ湖だとは思えない黒茶けた色だ。毒々しいという表現は不適切だが、泥水に墨を流し込んだような奇妙な色をしている。

 湖周辺の木々も、湖が汚れているせいか元気がないように見え、葉の色も黒ずんで見える。太陽すらここを避けているような弱々しい輝きだった。

 ――悲しみを生む「闇の海」

 と、視界に新しいものが映り、それはちょうど祠の下にいた紫色のウパーだった。こちら側を見ていたが、私の視線が自分に注がれていると察したのか、ウパーは湖の中に飛び込んでしまった。

「あ、あの……」

 ウパーを見てじっと考えに耽っていた私に声がかかった。はっとして、声のする方を振り向くと、十一歳程度の少年が立っていた。白い長袖シャツに上着を羽織り、黒い長ズボン。髪は耳を隠すようなストレートの男の子だった。

「あの、探偵さんですか……?」

 声にも聞き覚えがある。電話してきた声の主だ。

「そうだけど、君が事務所に電話をしてきた子?」

「はい。来てくれてありがとうございます」

 少年は頭を下げる。

 少年の表情には、嬉しさにほころびていると思えば、不安げな表情が垣間見える。複雑な心境にいるようだ。この不安げな表情が、私に連絡してきた理由なんだろうか。

「それで、何でおれのところに連絡をしてきたの?」と私は尋ねる。「先に断っておくけど探偵は便利屋じゃない。依頼をされたからには、それなりの仕事料をもらう必要がある。それはわかってるか?」

「わかってます。でも」――少年はうつむき、間を置いたが顔を上げた――「助けてほしいんです。僕のナマズンがいなくなっちゃったんです」

「ナマズン? ナマズンって、ホウエン地方に多く生息するあのポケモンか?」

「はい」

「君のポケモンなの?」

「はい。でも、僕、まだポケモンを持っちゃいけないって言われていて……でも、ナマズンと僕は友達で、僕が急にジョウトに引っ越すことになっちゃったんだけど、離れたくないから一緒にナマズンを連れてきたんだ。お父さんとお母さんに内緒で連れてきたから、ナマズンがいなくなっても相談ができなくて……」

 ――隠していた理由はこれか。

 場合によってはナマズンが死んでしまうことも考えられる。ホウエンとジョウトでは気候が違うから、新しい環境に順応させるのは、トレーナーなしでは難しいだろう。

 ――早く探さなければならない。

「いなくなったのはいつ?」と私は尋ねる。

「一週間ぐらい前から」

「最後にナマズンを見たのはどこ?」

「家の近く。僕の家は、あっちにあって」――少年は滝のある方角を指差す――「引っ越してきた日に、あそこの川にナマズンを入れてあげたんだ。しばらくはそこにいたんだけど、一週間前に行ったらいなくなってて……いくら探しても、ナマズンはいなくて、どうしたらいいか……」――少年は俯く――「わからなくなって」

 目元に手の甲を当てる。その目には涙が溜まっているようだ。ナマズンのことを思いだしてしまったらしい。

 これだけの話なら簡単な気もする。川からいなくなり、付近からいなくなったのであれば、下流に流れたと考えるのが自然だ。上流の可能性もあるが、上流ならすぐに戻れるだろうし、この少年が探したという。ならば、戻れないところを見ると、滝の下――つまり、この湖に落ちたのではないか。

 しかしあいにくこの湖はこの汚れた状態だ。探し出すのは困難。だが――。

 と。

「地震……?」少年はつぶやく。

 その瞬間、大地が揺らいだ。私は思わず体勢を崩すものの持ちこたえる。少年は体勢を完全に崩し転んだ。

 ――大きい。しかしこれは。

 私も立っていられず、その場にしゃがみこむ。

 水面が大きく揺れる。木々も大きく揺れ、周囲がざわめく。


 ……やがてその地震は止まった。

「大丈夫か?」

 少年はうなずいた。私は立ち上がり、手を差し伸べ、少年を立ち上がらせる。

「大きな……地震だったね」と少年は言った。

「そうだな。しかし、この地震は――」

 そのときだった。水面揺らぐ湖から、波打つ音とは異なる音が聞こえた。

 とっさにそちらを振り向くと、湖から飛び出したばかりの紫色のヌオーが宙に浮いていた。その瞬間、ヌオーは私たちにマッドショットで攻撃を仕掛けてきた。

「伏せろ!」

 私は少年の頭を手で押し込み、伏せさせた。マッドショットは私たちの頭上を通過していく。

 ヌオーは湖に戻ったが、水面に顔を出しながらこちらに向かってきている。しかも、ヌオーは一体ではなく、複数体がこちらに向かってきていた。今飛び出してきた紫色のヌオーを先頭にして。

 ヌオーたちの目は殺気立っていた。私たちが縄張りを侵す敵だと思い、追い払おうとしているように見える。

 私は少年の手を取った。大量のヌオーを相手にする力が私にはない。この場は逃げ出すしかない。

「ナマズン!」と少年は叫んだ

 ヌオーたちのほうを見ると、こちらに向かっているうちの一体の背中にナマズンがいるではないか! ナマズンはぐったりとして倒れており、だいぶ体力が消耗されて危険な状態に見える。この騒ぎでナマズンが地上に上がってきたのが幸いだが――。

 ――しかし、ここはいったん退くしかない。

 私は少年の手を引っ張る。だが、少年は反発する。ナマズンの名を叫び続けた。

「おい、ここはいったん引き下がらないとやられるぞ!」私も叫んだ。

「でも、ナマズンがあそこにいるんだ……!」

「だけどこのままじゃ――」

 ヌオーたちは再び攻撃態勢に入っていた。

 そのとき、ヌオーたちの攻撃態勢に一瞬気を取られた私の手から、少年の手が離れた。少年は飛び出し、湖の岸まで走り出す。

 私はボールに手をかけそれを投げる。繰り出されたのはドンファンだ。

「ころがる! こうそくスピン!」

 ヌオーたちのマッドショットが放たれた。マッドショットは少年めがけて一直線に飛んでくる。

 ドンファンのころがるも少年めがけて接近する。

 ――間に合え!

 マッドショットが少年に当たるその直前、ドンファンは少年に追いつき、こうそくスピンでマッドショットを弾き飛ばした。

 先頭の紫色のヌオーが岸に上陸した。同時に私も少年に追いつき、少年を抱えてドンファンに飛び乗る。

「ドンファン走れ!」

 だがドンファンは走りだせなかった。ヌオーから発射されたみずでっぽうを受けてしまい、スタートできなかったのだ。私たちはドンファンから落とされ、その間にヌオーたちは、私たちが逃げ出せないよう周囲を取り囲んでしまった。

 ――囲まれた。

 殺気だった目をしたヌオーたちは私たちを取り囲むと、じりじりと近づいてくる。私は背中をドンファンと合わせ、前にいる紫色のヌオーを見た。

 先ほどの戦闘やこちらに向かってくる姿。確信は持てないが、この紫色のヌオーがこの群れのリーダーのようだ。もしそうなら、このヌオーを倒したとき、この群れは一瞬隙ができるはずだ。その一瞬の隙さえつけば逃げ出せる。それにこの紫色のヌオーの近くにナマズンは落ちていた。このヌオーを突破すれば回収できるはずだ。

 私の後ろで少年がジリッと動く。この状況に少年が怖がっているのが伝わってくる。

「おれの後ろに隠れてろ」

 私は腰に身に着けたボールにゆっくりと手をかける。紫色のヌオーを見続けて牽制しながら。

 そして、素早くボールを投げた。その瞬間、紫色のヌオーが声を上げ、ヌオーたちは一斉にこちらに向かってきた。

「ドンファン、じしん! アリゲイツ、色違いのヌオーにアクアテールだ!」

 近づいてくるヌオーたちの行動を、ドンファンのじしんで少し制限する。その間に、今繰り出したアリゲイツのアクアテールで紫色のヌオーを攻撃し逃げ出す――が。

 アクアテールが紫色のヌオーに直撃する! しかし、紫色のヌオーはまったく動じずアリゲイツの尻尾を取り、地面にたたきつけた。

「アリゲイツ!」

 じしんによる攻撃から体勢を立て直した他のヌオーたちも、みずでっぽうで攻撃を仕掛けてくる。

「ドンファン、こうそくスピンではじき返せ!」

 ヌオーたちが放つみずでっぽうをドンファンははじき返す。はじき飛ぶ水はヌオーたちに直撃するが、まったく意に介していない。再びみずでっぽうで攻撃を仕掛けてくる。

 放たれるみずでっぽうはドンファンのこうそくスピンではじき返す。だが、ドンファンにもダメージが蓄積されていく。素早く終わらせなければ、ドンファンが倒れてしまう。

「アリゲイツ、アクアテールでヌオーを弾き飛ばせ!」

 アリゲイツは紫色のヌオーに踏みつけられていた。アリゲイツは自由に動かせる尻尾をヌオーに打ち込み、ダメージはないながらも、アリゲイツの上から離れた。

「かみくだくだ! ヌオーを湖に突き落とせ!」

 紫色のヌオーの体勢が崩れている間にアリゲイツはヌオーに噛み付いた。持ち前の顎の力を駆使し、ヌオーを持ち上げそのままヌオーを湖の中に突き落とした。

 その瞬間、周囲を取り囲むヌオーたちがざわめいた。

 少年の手を取りドンファンに乗る。ドンファンをナマズンのいる方へ走り出させ、困惑するヌオーを尻目にアリゲイツとナマズンを回収した。

「ナマズン!」と少年はナマズンを抱きかかえ叫ぶ。

「ドンファン、町のほうへ走れ!」私も叫んだ。

 ヌオーの叫ぶ声が聞こえる。その声とともにヌオーたちは、私たちに向かって走り出し、みずでっぽうで攻撃を仕掛けているが、ドンファンには追いつかない。

 しかし、私たちの行く先に別のヌオーが立っていた。再びアリゲイツのボールに手をかけるが、そのヌオーは動かなかった。攻撃する姿勢をまるで見せず、何事もなかったかのようにヌオーの脇を通り抜けた。

 驚いて振り返ると、そのヌオーに追いかけてくるヌオーたちのみずでっぽうが直撃していて、痛がっていた。

 しばらく走り続けた後、もう、追ってのヌオーたちの姿はなかった。


 ナマズンは瀕死で危篤状態だった。

 私たちは町のポケモンセンターに駆け込み、ナマズンは緊急治療を受けることになった。

 待合室には私と少年しかいなかった。少年は長椅子に座ったまま俯き、強く手を握っている。ナマズンが助かるよう強く願っているのだろうか。

「一つ君に訊きたいことがある」と私は言った。

 少年はゆっくりと顔を上げた。

「君は水泳はできるか? つまり、泳げるかどうか、ということだが」

 少年は頷いた。

 ――そうか。

 この少年が私を呼んだ意味、そして湖は水質汚染にさらされているということが、これでわかった。

 あとはこの湖の再建を願うだけだ。




 ナマズンは一命を取り留めた。

 かなりダメージを受けていたのと、呼吸困難な状態だったらしく、危険な状態だったということだが、この小さな町のポケモンセンターの全尽力を尽くしてくれたという。

 ナマズンはまだ検査があるため、入院することになるということだったが、一命を取り留めたと知った少年はうれし涙を流していた。そして、ごめんねとつぶやいていた。

「君はこのことを知っていたんじゃないか?」

 ナマズンが別の検査に行っている間、私は言った。

 少年は、体を硬くしてゆっくりとこちらを見た。

「あの湖が汚染されていたことを知っていたんじゃないか、という意味だ」

「……何の、ことですか?」

「最初から不思議だと思っていた。なぜ君がおれを呼んだのか」と私は言う。「ポケモンがいなくなったなら、真っ先に相談するのは両親だろう。その両親に相談をできない、だからおれを呼んだと言ったが、それは飛躍しすぎだ。両親に相談できないなら、身近な人間に頼むのが自然だろう」

「町の人は……僕が知らないんです」と少年は弱々しく言った。「相談できる人がいないんです」

「警察にもか?」と指摘する。「町の人を知らなくても警察がある。別に悪いことをしているわけではないだろう。親に知れるのが怖かったというのも、ポケモンを探すだけなら、両親に知れることもないだろうから通用しない。なぜ警察に相談しなかった?」

 少年は答えない。

「両親にも、警察など町の人に相談しなかった。それはそれぞれ理由があったはずだ。

 両親に相談ができなかったのは、君が言ったとおり両親にばれたくなかったからだ。ばれてしまえば怒られる、もしかしたらそれ以上の何かがあるのかもしれないが、とりあえずは君の言葉通り、ばれたくなかったで十分だろう。

 町の人に相談しなかったのは、町の人にナマズンの捜索をお願いしたら、あの湖を必ず探すことになるからだ。君の話から推察するに、湖にナマズンが落ちたのは明らか。しかし、あの湖を町の人に捜索してほしくない理由があった。

 その理由は君自身があの湖を調べなかったことにある。君でもわかっただろう、上流にナマズンがいないのであれば、湖にナマズンが迷い込んでしまったということぐらいはね。ではなぜ湖の中を調べなかったのか――」

「違う調べなかったんじゃない!」と少年は叫ぶ。「見つからなかったんだ!」

「では、なぜ町の人に捜索を依頼しなかった」

「それは、さっき言ったとおり――」と俯きながら言う。

「君が調べなかった理由は一つしかない。あの湖を泳いではいけないと知っていたからだ。なぜか。あの湖が汚染されていたと知っていたからだ」

 少年は答えない。

「そう考えれば町の人に捜索をお願いしなかった理由もわかる。町では湖が汚染されているんではないか、という疑惑を抱えている町の人たちに捜索をお願いし、それが露見するのを恐れた。

 だから何も知らない、この町の住民でないおれを呼んだ。探偵でなくても誰でもよかったんだろう? ナマズンを探してくれる人なら誰でも。ただ、それはこの町の部外者でなくてはいけなかった。たとえ、湖が汚染されていると気づいても、それを口止めできるような。

 ではなぜ、君は湖が汚染されていると知ったのか。察するにそれは――」

「もうやめてください!」少年は再び叫んだ。「そんな話は聞きたくない!」

 少年の目は涙とともに私を敵視している強い目だった。まるで、先ほどのヌオーのような――。

「いいだろう」と私は立ち上がった。「もうこの話は終わりだ。だが、君は悪い人間を選んだようだ。おれはこの町の完全な部外者ではない。この町には私の友人がいる」

 少年は驚いた顔をしてこちらを見上げる。私は冷ややかに言葉を続ける。

「仕事代はいらない。君には感謝するよ。この湖の一件の回答を教えてくれたんだからね。この湖の一件を報酬としていただく」

 そう言って私は足早にその場を立ち去った。

 少年は私を止めようと叫んでいたが、その声を無視して。


 後日、ジョウが連絡してきたところによると、ニシノ家に警察が訪れたという。しかし、家はもぬけの殻で彼らは姿を消してした。警察は、家を捜索したところ、湖の汚染に関するような資料が出てきたらしい。水質調査の結果も汚染されているという結果だった。

 ニシノ家の主人は指名手配された。

 その連絡を受けた私はため息をついた。

 久しぶりにタバコを吸いたくなった。




 湖の汚染に関しての手がかりはまだあった。

 それは少し見ただけのあの紫色のウパーと、私たちを襲ってきたヌオーたちだ。

 紫色のウパーを見たときは、まだ半信半疑だった。だが、結果がわかってからなら言える。あのウパーは異常だった。

 色違いは一種類しかないと言われている。そして、ウパーの色違いは薄いピンクをしたウパーだ。紫色のウパーではない。

 もちろん、新種かもしれない。だが、私は以前、工場による排気ガスがポケモンの生態に影響する事件を見たことがある。その経験から新種説は違うという答えを導きだした。

 また、私たちを襲ってきたあのヌオーの行動もおかしかった。ヌオーは本来穏やかな性格のポケモンだ。たとえば、ヌオーたちに追われたときにいた、あのヌオーのような。私たちを襲ってきたヌオーたちの行動は、通常のヌオーの行動を逸脱している。一匹や二匹なら偶然だが、群れ全体であの行動ではおかしい。

 特筆すべきは、異常なヌオーたちの特性がちょすいだったという点だろう。アリゲイツのアクアテールを吸収した紫色のヌオーもだが、ドンファンの弾き飛ばしたみずでっぽうを嫌がらなかったヌオーたちもちょすいと思われる。だが、私たちが逃げ出した際にいた穏やかなヌオーは、ちょすいではない。追ってのヌオーたちのみずでっぽうを受け、痛がっていたのだから。

 ちょすいは水を吸収し、自分の体力を回復させる特性だ。しかし、その水に毒性があったとしたら――あのような行動に出るかもしれない。現にかつてあの湖が汚染されたとき、異常行動に出るポケモンがいたのだから。

 以上のことから湖が汚染されていると推察された。そして、あの少年の行動から湖は汚染されている、という確信を持った。


 私が裏切った少年はどうしているだろうか。

 今もまだナマズンを連れてどこかにいるのだろうか。

 彼が取ったあの行動。私の手を振り払い、迫りくるヌオーたちに向かったあの行動。あれはナマズンを助けたかったのか、それとも私を町に行かせたくなかったのか――。

 今となってはわからない。

 だが、ナマズンを助けたかったと思っていたと信じたい。

 ――自分に辟易だ。

 私はタバコに火をつけた。

あとがき

 最後まで読んでいただいてありがとうございます。

 この作品は某サイトの企画のテーマに沿って作成した作品です。実際にその企画には応募していないのですが、応募しようと考えていたときにこのようなストーリーを考え付いたので、応募しないながらもそのまま作品化しました。

 さて、この作品ですがお題は「門、水晶、教えて」の三つです。それぞれ、鳥居、スイクン(ゲームとスイクンの額がクリスタルになっていることから、探偵の推理披露にて表現しています。

 私はお題をそのままメインテーマとして据えてしまうことが多いのですが、この作品では珍しく前面に出てきていない作品でその点、自分でも少し驚いているところでもあります。

 ただあまりにミステリ仕立てすぎたせいでポケモン小説である必要がないんじゃないか疑惑が立ちすぎていて、収集がついていません。ただ、ヌオーを中心に据え、ヌオーがいなければ(少なくともこれほど早急な解決には)成り立たない話でもありますし、ポケモン小説だと自分に言い聞かせてます。

 当初はこのような形になる予定ではなかったのですが、いろいろめぐらせるうちにこの形になってしまいました。推理できるような代物ではありませんが、雰囲気楽しんでいただけたら嬉しい限りです。

 途中、主人公が別の話のことを発言しますが、その点は別作品で彼が登場したときのことになります。その作品はまだどこにも公開していないので、読み飛ばしていただけると幸いです。今後も、この探偵さんは登場するかも?

 次回作をいつ書くかわかりませんが、その際はどうぞよろしくお願いします。この作品を読んでいただいてありがとうございました!

 初 版:二〇一二年十月七日

 公開版:二〇一二年十月八日

もくじ