フライングドリーム

 ホウエン地方北西部にある大きな滝。「りゅうせいのたき」と私たちが呼んでいるその滝で私は彼と出会った。いつか空を飛ぶことを夢見る彼と……。空を飛ぼうとすることをあきらめない彼と……。


「やっと見えてきたわね、りゅうせいのたき」

 トップコーディネーターを目指している私は、次のポケモンコンテストが開かれるハジツゲタウンに行くために、りゅうせいのたきへとやって来ていた。

 前の大会があったシダケタウンからハジツゲタウンに行くには、カナズミシティを経由していくルートとキンセツシティを経由していく二通りの道順があるけど、私が以前、ホウエンを旅したときにキンセツシティのルートを歩いたことがあったので、あまり通ったことのないカナズミシティのルートを通ってハジツゲタウンに行くことを決めたのだった。

 りゅうせいのたきは壮大な自然の一つだ。誰の手も加えられずありのままの姿を昔から残している。たとえ、そこにたくさんの人たちが通ったりしても全然汚されていないのだ。それもこれも、ポケモン協会がりゅうせいのたきにいる貴重なポケモンたちを保護するための法律が施行されからだそうだ。もう、何年も前のテレビのニュースで報道されていた。

 りゅうせいのたきの入り口はさほど大きくなかった。大人の男性だったら間違いなく頭をぶつけてしまうだろう。

 私が中に入ろうとしたとき、何かが落ちる音が右からした。振り向いてみると、私から三メートルほど離れたところに青い体をして短い足をじたばたさせているポケモンがいた。そのポケモンは頭が地面にのめりこんでおり、足より短い手で頭を引っこ抜こうとしている。私は足を持って大根を引っこ抜くように力を入れて抜いてあげた。

 そこから顔を出したのは目つきが少し恐く、いしあたまのような頭を持つポケモン――タツベイだった。

「大丈夫?」

 私はタツベイの頭を調べてみた。どこも怪我をしていないようだ。顔を上げると、ビル五階ほどの高さの岩壁がそびえ立っていた。この高さから落ちてきたのに無傷だったとは――タツベイが持つ特性「いしあたま」の効果を私は思い知らされた。

 いしあたまはとっしんなどの反動を受ける攻撃を使用したときにダメージを負わなくなる特性だけど、この特性がこういう風に使えることもあるんだなぁと私は思った。使い方によってはコンテストに応用できるかもしれない。

 タツベイは何事もなかったような表情で青い空をじっと仰ぎながら立っていた。だけど目だけは表情とは異なりどこか悲しいものに変わっていた。一体何を悲しんでいるのだろう? ここから落ちたことかな? いや、でもそんなことで悲しむとは思えない。自分を責める気持ちになったりするのが普通だろうし。私はあれこれ考えていた。

 すると、タツベイは歩き出してりゅうせいのたきの中に入って行ったのでその後を追った。あの悲しい目の真実を知りたかったから。 

「わぁ、きれい!」

 着いた場所は景色が良い岩場だった。周りを見渡してみると何も障害になるものはなく、右前方にみえるハジツゲタウンや反対側のカナズミシティ、左手のきれいで穏やかな海、右手のえんとつやまをさえぎるものがないため、その場の姿をそのまま見ることができた。雲ひとつない青々とした空にはスバメやキャモメたちが鳴きながら飛んでいた。その中に混じっていた一匹のオオスバメが私の上空を通り過ぎて行った。気持ちよく飛んでいる。

 私が美しい自然からタツベイに視線を戻すと、タツベイは崖っぷちのところに空を仰ぎながら立っていた。私は驚き、タツベイに声をかけた。

「ねえ、もうちょっと下がらないと落ちちゃうよ」

 だが、タツベイには何の反応もなかった。私はさっきタツベイが下に落ちてきたのはこのようにしていたからではないかと思い、タツベイを崖から離させようと近づいていった。

 タツベイは仰ぐのをやめた。まっすぐ海を眺めている。と、その時、タツベイは海にずつきでもするようにジャンプをした。それから少し手をパタパタと上下に動かしていたが、飛ぶことなどできるはずもなく下に落ちて行った。

「た、タツベイ!?」

 私は驚き歩み寄る足が止まってしまい、ジャンプしたタツベイを捕まえることができなかった。下をのぞいてみるとタツベイはそのまま、入り口で見たときのように頭から地面に刺さっていた。数秒しても足をさきほどのようにばたばたさせはしなかったので、私は不安になった。なので、下に行って確認してみようと思い、ボールを取り出した。

 その時「大丈夫だよ」と背後から不意に話しかけてきた。後ろを振り向くと、そこにいたのは右手にピックを持ち、化石発掘をしているような格好をしている三十代ほどの男性だった。

「どういうことですか? それにあなたは?」

「私はソライシという。この滝の隕石を研究しているんだ」

 りゅうせいのたきには隕石が降ってきたことがある。それを研究している学者さんがいると聞いたけど、この人がその学者さんみたいだ。

「あのタツベイは、毎日何回も何回もここから飛びにいっているのさ」と、ソライシ博士は続けた。

「最後にはちゃんとここに戻ってきて、また飛んで行く。だから、大丈夫さ。なんなら、もう一度下を見てみるといい。そろそろ立ち上がる頃だろう」

 私はもう一度下をのぞいてみた。そのときのタツベイはちゃんと足をばたばたさせて、頭を抜こうとしている。頭が抜けると、またもや空を仰いでいた。またあの悲しい目をしているのだろうか。

「どうだったかい? ちゃんと立ち上がっただろう?」と、ソライシ博士は話しかけてきた。

「ええ、立ち上がりました。でも、一体なんであんなことをしたんでしょうか?」

 私は振り向き、視線をソライシ博士に移しながら言った。

「タツベイはここから飛びにいっているのだよ」

「飛びに――ですか?」

「そうさ。あのタツベイはこの大空を飛ぶことを望んでいる」ソライシ博士は両手を大きく広げ、続けた。

「だから、飛ぶ練習をしているのさ。このりゅうせいのたきの頂上から」

「でも、空を飛ぶには翼がいります。タツベイには翼がないから飛ぶことなんてできないじゃないですか?」

「もちろんそうさ。タツベイはこの大空を飛び交うことを今はできない。それでも一刻も早く空を飛びたいらしい。たとえかなうことがなくてもね。でも、いずれかはボーマンダに進化して、大空を飛び交うことになるだろうけど」

「それはそうですけど、今のままじゃ絶対無理なんですよ? タツベイはそれを承知してるのかしら?」

 頂上へと来るための穴からタツベイが姿を現した。ソライシ博士が言ったとおりちゃんと戻ってきたのだ。その姿を見ていたがやはりどこも怪我をした様子はない。 

 私は近くに来たタツベイに質問を投げかけてみた。「あなたは空を飛ぶことができると思っているの?」と。

 帰ってきた答えは、一声鳴かれただけだった。あの定位置につくとまた飛び落ちていった。一体、なんていったのだろう? 私はそれを考えた。

 私はソライシ博士の案内でハジツゲタウンへとやってきた。博士は自分の家に泊まっていくといいと誘ってくれたので私はご好意に甘えることにした。たまにはポケモンセンターの部屋で休むはよりはいいだろう。それに、あの悲しそうな目の意味。それのちゃんとした答えをみつけたいと思ったから。

 だけど、ゆっくりとタツベイの話しをしている暇はなかった。

 明日にはポケモンコンテストが開催されるため、私はエントリーを済ませ、練習をしなければいけなかったのでその日は大忙しだった。

 翌日のコンテストで私は優勝することができた。これでリボンを四つ集め、グランドフェスティバルへの出場権があと一歩に迫った。

 その日の夜。今日こそタツベイの話を聞こうと思っていたけれど、ソライシ博士はりゅうせいのたきで寝泊りをすると博士の助手から言われた。博士は時々、ホウエン地方で有名な博士と同じようにフィールドワークをすることがあるのだという。私はまたしてもタツベイの話を聞くことができなくなってしまった。

 次の日に私はハジツゲタウンを旅立つつもりだったけれど、タツベイのことに知りたいがためにりゅうせいのたきによって行くことにした。

 りゅうせいのたきの頂上に到着してみるとそこには誰もいなかった。どうやら、私がここに登ってくるまでにタツベイは下に飛び落ちたのだろう。しばらく近くの岩に座って待つことにした。

 空を仰ぐとこないだとは違い雲が空を覆っていた。遠くではキャモメの鳴き声と同時にオオスバメの鳴き声も聞こえた。そんなキャモメの声を聞くことや空を仰ぐのに飽き飽きしてきてもタツベイはまだ戻ってこない。ソライシ博士と一緒に話していた時より長い時間待っているのに……。

「こんなところでなにをしているんだい?」

 少しばかり不安になってきた時に、後ろから話しかけられたので振り返ってみるとソライシ博士が立っていた。私は事情を博士に説明した。

「それはおかしいな。ここから飛ばなかった日は知ってる限りでないはずなんだが。何かあったのかもしれない、探してみよう」

 私たちはりゅうせいのたきの中に行き、タツベイを探した。中の壁はとても綺麗な色をしており光が反射しているため明るかった。だが、私の心は照らされなかった。

 りゅうせいのたきの中にタツベイはいなかったので、カナズミシティ方面の出入り口付近に私たちは向かった。飛び降りたタツベイが怪我をしてその場で倒れている可能性があるからだ。その可能性に気がついたとき、探し始めた頃からすでに一時間は経過していた。

「タツベイ!」

 外に出て私とタツベイが始めて会った場所をすぐ確認してみた。そこには予想通り、タツベイが頭を出入り口に向けて仰向けに倒れていた。私はすぐに駆け寄り、すごいキズぐすりを使ってあげた。だが、回復した様子を見せない。

「急いでポケモンセンターに連れて行ったほうがいいな」

 私はうなずき、タツベイを抱えながらオオスバメのスーティーを出してつかまりハジツゲのポケモンセンターへ向かった。


 治療中のマークが光っている。私と遅れてきたソライシ博士は、治療室の外にあるソファに座って治療が終わるのを待っていた。ソライシ博士は忙しいだろうから、私一人でいいと言ったのだけどソライシ博士は一緒に待つと言ってくれた。

 私は待っている間に、タツベイの安否を心配しながら、なぜ怪我をしてしまったかを考えていた。

 状況的にいつも通りあの場所から“飛んでいた”けれど、誤って頭から落ちるのに失敗してしまったという考えは絶対に正しいと思う。だけど、そんなことがあるのだろうか? 普段どおりに飛んで行けば何の問題もなかったはずだ。いつもと違うことがあった――それしか考えられない。でも、そのいつもと違うことはなんなのだろう。

 あれこれ考えているうちにいつの間にか治療中の光が落ちたらしく自動ドアが開いた。私は中から出てきたジョーイさんの顔が普段どおりのやさしい顔だったので安心した。


 タツベイが怪我をしてから五ヶ月がたった。私とタツベイはりゅうせいのたきの頂上へとやって来た。

 あの日のタツベイの怪我は幸いにも全治三ヶ月の骨折だけで済んだ。五ヶ月たった今では前と同じように歩くことができるようになっている。

 タツベイの無事がわかった次の日、最後のコンテストリボンを手に入れるため私はハジツゲタウンを旅立った。そして、見事五つ目のコンテストリボンを手に入れグランドフェスティバルへの出場権を手に入れた。

 グランドフェスティバルまではこのとき、あと三ヶ月は間があったので練習をしようと考えた。その時、ふっとタツベイのことを思い出した。タツベイは今どうしているだろう? それが気になった私は練習場をハジツゲタウンに決めたのだった。

 そして、こうしてタツベイをりゅうせいのたきに帰す役目を私が受けたのでりゅうせいのたきの頂上に来たのだ。

「さあ、タツベイ」

 私は抱えていたタツベイをゆっくりとおろした。五ヶ月ぶりのりゅうせいのたきの地に足を着いたタツベイはあの場所に向かった。また飛ぶのだ、五ヶ月間できなかった飛ぶことを……。あんな恐い目にあってもタツベイは夢を――飛ぶことをあきらめないのだ。私はタツベイが飛ぶのを見守ることにした。

 風が私の前髪を揺らした。それは上空にものすごい勢いでオオスバメが通って行ったからであった。そのオオスバメを目で追うことはなかったけれど、私の視界には入ってきた。再度、私の上空を――タツベイの上空も――通ったのだ。その時、タツベイは上空を見上げていた。オオスバメの姿を見つけるとそれを目で追い始めていた。空を自由に飛べる鳥ポケモンがうらやましいのだろうか。

 このとき私はあることを考え付いた。私の手持ちにも鳥ポケモン――スーティーがいるではないか。スーティーにタツベイを乗せて空を飛べばそれなりの疑似体験はできよう。タツベイが飛んだ後にそうしてみよう、そう思った。

 視点がタツベイに定まりなおると、彼がイラついているのがどことなくわかった。何か悪いものを――嫌いなものを見たイラつきではなく復讐したいという復讐心に満ちている気がした。なににそんな気持ちを向けているのがわからなかったが、それはすぐにわかった。

 先ほどからずっとオオスバメが私たちの周りを旋回している。タツベイはその姿を見ているのではなくにらみつけている。それからタツベイが一声鳴くと、オオスバメはタツベイの前に――私のまっすぐ先に――来た。オオスバメとタツベイは何かを話し始めた。その様子ではタツベイは相変わらずイラだっていて、オオスバメは冷静に――まるでからかっているような調子だった。

 その時、タツベイが私が今までで一番強く大きな鳴き声を放つとオオスバメに向かってジャンプしたではないか! だが、それはむなしくも悠々とかわされてしまい、タツベイは足を下にして落ちて行った。私は大急ぎで手をかけていたボールを投げた。まばゆい閃光のなかから現れたスーティーは落ちていくタツベイを拾い上げ、頂上につれてきてくれた。

 これで私はタツベイのあの怪我の真相を知った。

 タツベイは空を飛ぼう飛ぼうと思っているけれど実際は飛べない。それに対して、オオスバメは元から翼があるから簡単に空を飛ぶことができる。オオスバメはタツベイが空を飛ぼうとしているが飛べないことをいいことに、タツベイのことをからかっているのだ。あの日もさっきのようにオオスバメはタツベイをからかったのだ。タツベイを怒らせ下へ落とした。当然、頭からオオスバメに向かっていくわけもないから足から落ちることとなってしまう。空中で体勢を変えるのは難しいから頭から落ちるわけにもいかない。

 今思えば私がタツベイと始めてあった時もオオスバメは私の上を通っていた。そのときなんだろう。タツベイが飛べないのに飛ぼうとしているのを面白がってからかおうと決めたのは。

 タツベイはオオスバメをなおもにらみつけていた。私はタツベイがちゃんとした体勢で飛べないだろうと思ったので抱きかかえていた。ちゃんとした体勢じゃなきゃ怪我をするから……。

 オオスバメが一鳴きするとタツベイは腕の中で暴れだした。

「ちょっと、落ち着いてタツベイ!」

 タツベイはいくら呼び止めてもひどく暴れるのをやめようとしなかった。その間にオオスバメのけたけたとした笑い声が聞こえてきた。タツベイが暴れて自分に対して怒っていることをオオスバメは笑っている。

 それにたいして私は怒りを感じた。タツベイが怪我をしたことを再度してもう一回怪我させようなんて……。

「オオスバメ! あなた何をしているかわかっているの!」

 怒りの意をこめて私は叫んだ。私が今まで生きてきた中で一番の叫びだった。タツベイは驚いたのか暴れるのをやめた。

「あなたがしていることはこの子を怪我させることになるのよ!」

 オオスバメの表情から笑いが消え、怒っている表情に変わってきているのを私は感じた。私のことを邪魔に思っているのだろう。

 しばらくにらみ合いが続いた。先に動いたのはオオスバメだった。オオスバメは私に向かってつばさでうつを仕掛けてきた。

 私はそれを横に転がってかわし、通り過ぎて行ったオオスバメに攻撃するようスーティーに指示を出した。

「スーティー! はがねのつばさ!」

 スーティーの翼が鋼のように硬くなっていきオオスバメにその翼をヒットさせた。なんともあっけなくオオスバメはそのままりゅうせいのたきの頂上に落ちた。コンテストのために育てているといっても、レベルが低いわけではないのだ。

 その時、私の腕からタツベイがすっぽり抜けた。タツベイはオオスバメに向かって走っていく。ずつき攻撃をするつもりだ。

「ダメよ! タツベイ!」

 私がそう言うとタツベイは足を止めた。私はゆっくりとタツベイに近づきながら言った。

「ダメよ、タツベイ。どんなにからかわれても、その子を倒しちゃダメ。スーティーのはがねのつばさは結構強烈だから、相当なダメージを受けているはずなんだからね。

 夢をかなえることは簡単にできるものじゃないの。実力が足りなかったり、他人にからかわれたりして落ち込んだりしちゃうから。だからといって、人を傷つけたり、他人にあたり散らしたりするのはよくないわ」

 タツベイはこちらを向いた。どこか悲しそうな顔をしているのが伺えた。先ほどまでの怒った顔とは大違いだ。

 私はタツベイの頭をなでてあげると、バッグからすごいキズぐすりを取り出しオオスバメに使ってあげた。オオスバメは目を開け、空へと羽ばたいた。

「あなた、がんばっている子に対してからかったりしちゃダメよ。その子を傷つけちゃうんだから。いいわね?」

 オオスバメは鳴いた。表情から察するに大丈夫そうだ。すると、オオスバメはその場から立ち去っていった。

「さてと」

 私はスーティーを肩に乗せ、タツベイと目線を合わせた。

「タツベイ、空を飛びたいんでしょ? この子に乗ってみないかしら?」

 スーティーは肩から降りてタツベイと何か話し始めた。すると、タツベイは喜んだ鳴き声を放つとスーティーの背中に乗っかった。そして、スーティーは大空に飛び出した。

 そのときのタツベイはうれしそうだった。あこがれの大空を疑似ではあるけれど堪能することができたからだろう。

 今度は彼が――タツベイが自分の力で空を飛んだときの笑顔が見てみたいなぁと私は思う。

もくじ