Dreamステージ

 ポケモンコンテスト。それはポケモンの美しさやわざの美しさで競う、ホウエン地方発祥の競技。ポケモンコンテストに参加するトレーナーのことを、ポケモンコーディネーターと呼び、日々ポケモンたちを美しく見せるために努力し、演技の幅を磨き、競技に臨んでいる。それは、自分のポケモンの自慢の為だったり、権力の保持であることもある。

 しかし、多くのコーディネーターたちは、そのトップであるトップコーディネーターを目指している。

 それは他でもない、私自身もそうだ。

 * * *

「ラッドさん! やっぱり来てたんですね!」

 大きくそびえ立つ円形のホール。その外周は人で賑わっていた。私はその人混みの中で、見知った人物を見かけて声を掛けた。中背で、いかにもスポーツができる雰囲気のその男性は、私の強力なライバルの一人だった。彼は振り向いて、私に気がつくと微笑んでくれた。

「やあ、ルリカちゃん、なんだか久しぶりだね。アーティーも久しぶり。元気そうで何よりだ」

 彼は私の頭上に留まっているアゲハントのアーティーに手を伸ばす。アーティーは嬉しそうに鳴いた。

「ラルースの大会のとき以来です。ラッドさんもここにいるってことは、グランドフェスティバルに参加されるんですよね?」

「もちろん。君も参加するんだろう? そうなると、今回も一筋縄ではいかないね、二回もグランドフェスティバルで優勝してるコーディネーターが参加するんだから。とはいえ、ここまで来た以上、おれも負けるつもりはないよ」

「はい! 私も負ける気はありませんから、もし、戦うときが来たらそのときはお互い全力で戦いましょう」

 お互いしっかりと握手を交わし、真剣な視線をぶつけ合う。それはお互いがライバルであり、本気で戦うことへの誓いだった。

 グランドフェスティバルは、各地域のポケモンコンテストで五回優勝したことのある優秀なコーディネーターのみが参加できる、年に一度しか行われない特別なポケモンコンテストだ。私たちが目標にしているトップコーディネーターになる為の唯一の条件は、このグランドフェスティバルで三回優勝することだ。

 この狭き門に私はあと一歩で入ろうとしている。既に二度の優勝を果たしている私は、今回優勝できればトップコーディネーターになることができる。その舞台でライバルと戦うことができるのは楽しみだった。

「こんなところでお互い見つめ合っちゃってー、本当に仲が良いですね、お二人とも」

 突然の声に驚いて体がビクッとする。振り向くとニヤニヤした笑みを浮かべた、ショートカットで小柄な女の子が立っていた。それが見知った人物だと気がつくと、咄嗟に握手する手を離して後ろへ回した。

「えへへ、でも、もうちょっと人目のないところのほうがロマンチックだと、いたっ!」

 女の子の頭上に拳骨が落ちた。拳骨はそのままぐりぐりと捻られ、女の子は頭を抑えながら「痛いよぉ〜」と声を上げた。

「二人ともそんなつもりじゃないだろうが。ごめんね、二人とも。この空気の読めないやつのせいで邪魔しちゃって」

「空気が読めないのはわたしじゃないよぉ〜」

「いいから、お前は引っ込んでな」

 彼女の後ろに立っている長身で金髪の男の子が、彼女の頭をさらに強くぐりぐりする。私とラッドさんは苦笑しながらも、顔を見合わせると、もはやはお馴染みとなったこの二人のやり取りにくすっと笑みをこぼした。

 女の子の方はミカ。男の子の方はミズジさん。二人ともポケモンコーディネーターで、やはり私のライバルだ。特にミカとは一度、グランドフェスティバル決勝の舞台で戦い、負けたことがある。ちなみに、無邪気なミカに対して、ミズジさんは冷静にミカの行動を止めることが多く、そんな時は大体がこの拳骨ぐりぐりだ。

「そういうお二人も相変わらず仲がいいですね」

 私は少し皮肉交じりに言ってみた。

「もうちょっと落ち着きがあると、ボクもこんなことしなくていいんだけどね。ラッドもルリカちゃんもアーティーも久しぶりなのにごめんな」

「ミズジさんもミカも、ここにいるということはグランドフェスティバルに参加するんですか?」

「いや、ボクもミカもあいにく参加資格(リボン)を得られなくてね、今回は不参加だよ」

「ミズジくんがわたしの邪魔をするからだよー」

「それはお互い様だろ。ボクが出るコンテストに毎回お前が出てたんだから」

「結局、君たちは一緒に旅をしたのか?」

 ラッドさんが訊ねると、ミズジさんは頷いた。

「だから、コンテストに出るたびにミカと対戦することになって、最終的にどちらも参加できなくなったんだから全く参ったよ。それでも、他のコーディーネーターたちの演技を直接見たかったし、君らは出てるだろうから、その応援ついでに来たわけだ。こいつの実家もルネだし、どういう町か気になったのもあるけどな」

「え、ラッドさんってルネシティの出身だったんですか?」

「そうだよ、ミカちゃん。小さな島で、人の行き来がしにくいけど、たくさん自然の残った良い町だから、ゆっくりしていってね」

 ミカはラッドさんの出身地とわかると顔を綻ばせて、私を見た。その顔を見て、意味を悟った私は、「ないない!」と手を振る。しかし、彼女はミズジさんからのぐりぐりから身をかがめて離脱すると私に飛びかかり、男性陣から少し距離を取った。

「ルリカちゃん、そういうのはちゃんと告白してからじゃなきゃだめじゃない」

「だから、そんなんじゃないって言ってるでしょ」

 ニヤニヤと薄笑いを浮かべながら、ミカは囁いた。私はそれにムッとして、そっけなく返事を返す。しかし、ミカはそれしきのことではめげない。

「またまた、ご冗談を。実際のところ、ラッドさんとはうまくいってるんですか?」

「そ、それはっ……うまくいってるって、私は思ってるけど……」

「それだったら優勝したらなんて言わずに早く告白しちゃいましょうよ。こんなチャンスもうないですし、もう出会ってから五年も経ってるなら大丈夫ですって。それに、早くしないとタイミングがなくなっちゃうかもしれないですよ」

 ゆっくりと振り返り、ラッドさんの姿を見る。じっとその姿を見ているだけで私の心はざわめいた。彼は少し照れたような微笑みを浮かべながら、ミズジさんと話しをしているだけなのに。ああ、やっぱり、私は彼のことが好きなんだな、と改めて実感する。

 思えば、ホウエン地方を初めて旅したときに出会ってから彼の姿を追っていた気がする。さらにはシンオウ地方でコンテストに挑戦すると彼が言ったときには、私もシンオウ地方でコンテストに挑戦した。でも、それはこの気持ちだけではなく、彼と演技をし合うことが楽しかったからでもある。各都市で再会して戦い、お互いを競うのが本当に楽しかった。

 だけど、その楽しさは怖さにもなった。

 いつかこの気持ちは伝えたい。だけど、伝えるためには大きな障壁もあった。それに、もし。もし、この気持ちを上手く伝えることができなかったら――この楽しさを失うことになったら――そう思うだけで一歩を踏み出すことができなかった。

「ほらほら」

「もうっ、やめてよー。ミカは自分がミズジさんと付き合ってるからって調子に乗ってるでしょ」

「あっ」

「ミカ、話をはぐらかさないでよ」

「いや、そうじゃなくて、あれ、ハシミさんじゃないですか。ほらこっちを見てるあの赤いメガネの女の子」

 ミカの視線を追うと、こちらを見ている女の子が静かに佇んでおり、確かにそれはハシミだった。私の幼馴染であり、ほぼ同日に同じ町から旅に出たコーディネーターで、一番のライバルであり親友。控えめだが優しく芯の強い子だ。

 だが、久しぶりに会った彼女は、私の知っているそんなイメージを覆した。唇をかみしめて、私を咎めるように睨みつけているのだ。赤いメタルフレームのメガネの奥には何かに失望したような悲しい感じもあれば、何かを決心しているようにも感じた。

「ハシミ」

 私はつかつかと歩み寄ってきた彼女に声をかけた。

「久しぶりだね。いつ以来ぶりだろう? あ、でも」

「ルリカ」

 私の言葉は遮られた。変わらず私を睨みつけている彼女の雰囲気に思わずたじろいでしまう。

「私はこのグランドフェスティバルで必ず優勝する。今のあなたに負けるなんて屈辱的なこと絶対にしたくないから」

 一瞬、何と言ったのかよくわからなかった。だが、言葉の意味を理解すると感情が揺れた。

「屈辱的ですって?」

「そうよ。あなたに負けるなんてそんなこと絶対にしない。いや、させないから覚悟しておいて」

「何よその言い方。久しぶりにあったのに、そんなことを言うなんて、ハシミ、どうかしてる」

「どうかしてるのはあなたの方よ」

「なんですって!」

 私は彼女に掴みかかろうとした。しかし、ミカやそれに気づいたラッドさんに抑えられる。

「ハシミちゃん、久しぶりに会ったのにそんな言い方するなんてどうかしてるよ!」

 ミカが私を抑えながらハシミに言った。しかし、彼女は表情一つ変えずに言った。

「どうかしてるのはミカちゃん、あなたもよ。とにかく、私はあなたたちになんか絶対に負けないから、そのつもりで」

 ハシミはそう言い残し、そのまま人混みの中へと消えた。

 * * *

 ハシミは私の大親友。そう思っていた自分が馬鹿みたいだった。

 彼女とは旅立ちの日より前からずっと仲が良かった。一緒に遊んだり、冒険をしたりもした。トウカのもりに迷い込んでリングマに襲われたこともあったし、それが原因で二人揃って旅立ちの日を遅らされ、一緒に苦笑したこともある。旅先では私が沈んでいたときにアドバイスをくれて支えてくれたし、初めてのグランドフェスティバルのときに彼女と戦って、私が勝利したときに祝福をしてくれたりもした。

 そんな青い記憶がすべて否定されたようで辛かった。

 ――一体、ハシミはどうしたんだろう。

 思えば、彼女とは三年ぐらい前から壁ができていた気がする。その年、ハシミとコンテストで戦っても負けることが多かった。彼女はそんなときでも、あのときはこうしたほうがいいんじゃないか、これはこうしたほうがいいんじゃないか、と指摘をくれていた。だが、その成果は実らなかった。

 その年のグランドフェスティバルが終わると、私と彼女は別々の地方を旅する事になった。理由はわからない。ハシミはただ違う地方に行くとだけ言ったからだ。それから二年が経過し、ハシミもあと一回優勝すればトップコーディネーターになるのを知った。

 そして今年。彼女がこのホウエンの地で再び旅をしていることを知ったのは、彼女の参加したコンテストの試合を中継で見たからだった。ただ、彼女と直接会うことは、今日の今日までなかった。それを不思議に思っていたが、今となっては避けられていたのかもしれないな、と思う。

 ふと、悲しそうな鳴き声が部屋に響き、思考の世界から引き戻される。

 その鳴き声の主はアゲハントのアーティーだった。私が旅立ったときの最初のパートナー。いろんな苦労も辛さも喜びも楽しさもすべて分かち合った大事なパートナーだ。

 そんな彼女だからこそ、私の気持ちを察してくれたのか慰めてくれたようだ。私は彼女を抱えて、見た目のコンディションを整える。

「ハシミがどうして、あんなことを言うのかはわからない。でも、トップコーディーネーターへの夢がすぐそこまで来てるんだ。あんなことを言われたからって動じるわけにはいかないよね」

 アーティーは同意の鳴き声を上げた。この時、アーティーと一緒にトップコーディネーターになろう、そう改めて決意した。

 * * *

 ポケモンコンテストは、一次審査と二次審査の二つがある。一般的な表現をするならば、一次審査は予選、二次審査は本戦のことだ。そして、この日は全員の一次審査の演技が終わり、二次審査に進出するコーディーネーターの発表日だった。

 私の一次審査の演技はまずまずの出来栄えだった。途中想定外の小さなミスが起こり、続けてミスをしてしまった箇所があったものの、それ以外は完璧だったので自信はあった。ただ、少しの気の油断が大きなミスにつながる――それを改めて実感した。

 そんな、私と違ってラッドさんの演技は完璧でミスもなく、鮮やかにフィニッシュしていたのが印象的だった。

「いや、そんなことないよ。おれもミスしたところがあってね、ヒヤッとしたよ」

 と、その話をするとラッドさんは言った。

「でも、そんな風には見えなかったですよ?」

「おれもルリカちゃんの演技にミスがあったようには見えなかったよ。結局、お互い小さなミスはしたものの、気が付かれなかったみたいだね。よかったというかなんというか」

「でも、次はお互い気を引き締めていきましょう。二次審査は特に一つのミスが結果に響きますし。あっ、そろそろ結果発表が始まるみたいですよ」

 参加者控室に備え付けられているモニターの映像が切り替わり、一次審査の結果を発表する旨を伝えているステージ上の司会者を映した。そして、ステージ上の巨大モニターの映像が映り、二次審査に進出したコーディネーターたちの顔写真が続々と映し出されていく。

 その中に私の写真もあった。他にもラッドさんとハシミの写真が映り、全員が二次審査への出場を決めた。

 続けて、映し出されている写真が裏返しになりシャッフルされる。このシャッフルされた写真が、新たに映しだされたトーナメント表にランダムで配置され、二次審査の対戦カードが決められた。そして、出場者の写真が一斉にオープンされる。

 私は目を疑った。

 ゆっくりと隣に視線を移す。ラッドさんと目が合った。そこに先程までの和やかなムードは、もうなかった。

「初戦の対戦相手は……ラッドさん……」

「まさか初戦で対戦することになるとはね。でも、戦うからには真剣勝負だ、最後の試合、お互い悔いのないように全力で戦おう」

 互いが互いの目標を知り、その目標を目指して歩んできた一年。その目標が初戦から潰えることになるその組み合わせに、どこか辛さを感じていた。それでも、お互い全力で戦う――そう決意したんだ。全力で戦うしか選択肢はない。

「最後の試合?」

 だが、その言葉に引っかかりを感じていた。確かにどちらかがこの大会で最後の試合になる。それでも、その意味を指しているように感じられなかった。

 彼ははっとしたかと思うと、神妙な面持ちになり、こう言った。

「おれ、この大会でコーディネーターを引退する。そう決めてるんだ」

 頭を鈍器で殴られたように揺さぶられた。ラッドさんが引退する――。そう考えるだけで胸が締め付けられた。嘘であって欲しかった。次がラッドさんとの最後の試合になるなんて信じたくなかった。

「ごめん、今言うべきじゃなかったってことはわかってる。それに、隠していたつもりはないんだ。だけど、なかなか言い出すタイミングが見つからなくて、今まで言えなかった」

「そんな……。じゃあ、この大会が最後の大会になるんですか? もう旅はしないんですか?」

「これが最後の大会になるし、旅はもうしない。だけど、だからこそこの大会は全力で戦うって決めたんだ。だから、ルリカちゃんもおれが言ったことは忘れて、全力で戦って欲しい」

 私は戸惑った。そんなこと、急に言われても心の整理ができなかった。もちろん、全力で私だって戦いたいとは思う。だけど、ラッドさんの最後の大会で私が勝つことは避けたい、そう思ってしまっていた。

 彼は一度もグランドフェスティバルで優勝したことはない。グランドフェスティバルの決勝まで何度か上り詰めたこともあり、実力に申し分ないのになぜ優勝したことがないのか。私はその理由を薄々感じていた。

 それは私が彼の壁になってしまっていたからだ。

 私は彼といるのが楽しくて、戦うことが楽しくて、一緒に話すことが楽しかった。それに目的が一緒だったから、彼の行く地方に私も赴いた。だが、それはつまり同じグランドフェスティバルに出場することになり、その大舞台で戦うことを意味していた。その試合は全て私が勝利していた。その結果がこれだった。

 私は、旅立ってからしばらくの間、コンテストで全く成果を出せず、まもなくコーディネーターを引退することも考えていた。そんなときに出会った彼がアドバイスをしてくれて、それから成果が出るようになった。あのアドバイスがなければ今の私はない。そんな恩人でもある彼の夢を私は奪っていた。

 最後のグランドフェスティバルぐらい、彼に勝って欲しい――。そんな気持ちが湧き上がってくる。しかし、それは彼との約束を破ることになる。それは嫌だった。

 ふと、頭上のアーティーが悲しそうに鳴くのが聞こえた。しかし、その鳴き声は私の悩みを解決するには至らなかった。

 * * *

 二次審査はポケモンバトルと同様にお互いのポケモンを戦わせる。だが、決定的に異なる点がある。第一に制限時間があり、五分と決まっていること。第二にそれぞれにポイントゲージと呼ばれるものが割り当てられていること。

 このポイントゲージは戦いながらも美しく攻撃をすると相手のゲージを下げることができるし、逆に美しくない攻撃をすると自分のゲージが下がる。ゲージは零になると終了で、時間制限までもつれ込むとゲージがより多く残っている方が勝者となる。

 私とラッドさんは、大歓声が湧き上がるステージの上で向かい合っていた。

 あれから一日中悩んだが、結論は出なかった。ただ、この試合は全力でやり抜くことを漠然と心では決めていた。全力で戦わなければ、全力でないことが彼にわかってしまう。最後の試合に手を抜いたなんて思われるのは嫌だった。

 二次審査の試合が始まった。

 私たちはモンスターボールを宙へと投げる。ダブルバトルもといダブルパフォーマンスでの演技のため、私はアーティーとオオスバメのスーティーを登場させる。ラッドさんも同様に、グラエナとフローゼルを登場させた。

 五分間のカウントダウンが始まった。

 まずは、アーティーの「ちょうのまい」で能力値を上げつつ、スーティーとコンビネーションすることで相手のポイントゲージを減少させることに成功し、さらに「ぎんいろのかぜ」と「エアスラッシュ」で攻撃を仕掛ける。しかし、相手のポケモンたちは素早くそれを回避し、反撃を仕掛けて来る。

 お互いのポケモンやスタイルを知り尽くしているからこそ、攻撃パターンを読むことは容易だった。だからこそ、これまでにない発想を仕掛けるか、合間合間にできる一瞬の隙を突いて仕掛けるしかない。

 私は隙を突いて彼のポイントゲージを減らし、気づいたときには残り三十秒で私が優位に立っていた。

 それに気づいたとき、一瞬集中力が途切れた。その刹那、彼はその隙を突いてきた。

 スーティーの放ったエアスラッシュがかわされ、フローゼルが土台となってグラエナが大きくジャンプする。そのままグラエナの、「かみくだく」がアーティーを捉えた。そのまま大きく首を振って、アーティーを地面に投げつけると、すかさずフローゼルの、「こおりのキバ」がアーティーに襲いかかった。

「スーティー、エアスラッシュ!」

 慌ててアーティーを守るためにその指示を出した。

 しかし、それが仇となった。

 エアスラッシュが直撃した刹那、アーティーの綺麗な羽がはじけ飛んだ。

 血が一瞬で引いた。目の前で起きたことが信じられなかった。それがどういうことなのか考えたくなかった。

 ドサッ、という音とともにアーティーがその場に倒れ込んだ。私は、大きく耳障りな音が流れるのを尻目に、急いでアーティーに駆け寄り、抱え上げる。目を閉じて全く身動きをしないアーティーの体は、もうどこか大切なものを失っているようだった。

「アーティー、大丈夫? ねえ!?」

 私は叫んだ。何度も何度も――。

「アーティー、起きてよ!? アーティー!!!」

 だが、その声は虚しく会場に響くだけだった。

 * * *

 もうどうしていいのかわからなかった。何もかもがめちゃくちゃで、一体今どんな状況なのか、何をしたらいいのか、全く何も考えることができなかった。ただ、アーティーが倒れる瞬間、それだけがリフレインし、振り払っても振り払っても、大切なパートナーは何度も何度も倒れ、私を苦しめた。

「ルリカちゃん」

 その声にはっとした。私が顔を上げると、その声の主はラッドさんで後ろにミカも立っていた。

「ラッド……さん」

「アーティーの容態は?」

 ゆっくりと横を向き、点灯している手術中の文字を見る。――そうか、今はポケモンセンターでアーティーの手術中だったんだっけ。おそらく運び込まれてから何も伝わってきていない。どれくらい時間が経っているのかもわからなかった。

 私は静かに首を横に振った。

「そうか……無事だといいんだけど」

「大丈夫だよ、ルリカちゃん。絶対なんとかなるから、ね、元気を出して」

 私は頷いた。

 ラッドさんが私の隣にそっと座った。暗い表情で何もするでも言うでもなく、ただじっと真っ直ぐ前を見つめていた。その視線を追うと窓に映る自分の顔が映り、思わず俯く。こんなひどい自分の顔なんて見たくもなかった。

 廊下は、ミカの行ったり来たりする際の靴音と、外では雨が降っているのかその雨音が相まって、ひどくうるさく感じた。だが、その音が沈黙を破ってくれているおかげで、私を追い詰める考えが遮られてありがたかった。

 その一方で隣に彼がいることが落ち着かなかった。一分を切ったあの瞬間、私は彼との約束を破った。それにそのせいで、ほかでもない自分のせいで、彼との試合の時にアーティーをこんな目に合わせてしまった。彼に見せる顔はもうどこにもなかった。この場所にいて欲しくなかった。

「試合……どうなったんですか」

 私はふと、つぶやいた。彼が勝った試合なら彼を追い払う口実を見つけられると思った。

 だが、その予想に反して、一番聞きたくない言葉が返ってきた。

「君の勝ちだ」

 その瞬間、もうこの場から――いや、この世から消え去りたいとすら思った。彼の最後の試合を台無しにして、大事なパートナーを傷つけて、そのうえ彼の夢を破るなんて、そんな誰も願っていない現実を呪った。

 ――私、最低だ。

「どこに行くの?」

 私はおもむろに立ち上がり、歩き始める。彼の言葉には答えなかった。一刻も早く、ここからいなくなりたかった。もう終わりにしたかった。

「どこに行くんだって聞いてんだ」

 彼の怒気を含んだ声とともに、肩を掴まれ、彼と向かい合わせにさせられる。顔は上げられなかった。こんな最低な私を見ている、彼の顔を知るのが怖かった。

 私は気力を振り絞って、つぶやくように言った。

「私……棄権します」

「……本気で言ってるのか?」

「アーティーがあんなことになった今……コンテストに参加するなんてできません」

「それは本心か?」

 ――本心か、だって? そうだよ、それが私の本心だ。大事なパートナーを傷つけ、大切な人の夢を台無しにする私がコンテストに参加なんかしちゃいけないんだ。コーディネーターとして失格だ。

 私はゆっくりと頷いた。

 その時だった。廊下に大きな靴音が響き渡り、後ろから段々近づいてくる。私が振り返った刹那、バシンっという音とともに頬に衝撃が走った。

 はっと顔をあげると、目の前にはハシミが立っていた。体を震わせ、目に涙を溜めながらも殺気立った表情で私を睨みつけている彼女は一瞬誰だかわからないほど変わっていた。

「あなたはどうしていつもそうなのよ! 人の気持ちも知らないで、自分の本心を隠して誰かのためになるなんて思って、そんなの自分が優越感に浸ってるだけじゃない! あなたを応援している人や支えている人のことなんて忘れて、自分だけがいいなんて思うことが、どうしてそれが周りの人のことを踏みにじってるってわからないのよ!」

「ハシミ……」

「アーティーがあんなことになって辛いってことは私にだってわかる。でも、それで棄権するなんてアーティーたちと一緒に歩んできたあなたの軌跡を全てなくすことだってわかってる? みんなが……あなたが目標にしている夢を諦めることだってわかってるの?」

 ――本当は私だってそんなことわかってる。

「ハシミさん、やめてください! ルリカちゃんだって、今回のことで疲れてるんですから」

 ――でも、そのアーティーが倒れた今、私はどうすればいいの? どうするのが正解なの?

「何も言えないのね」

 ――もうどうしたらいいのか……わからない。

「もういいわ。夢を失ったあなたに興味はないもの。さようなら、ルリカ」

 その言葉の響きに私は震え上がった。だが何も言えず、彼女の姿はどんどん小さくなっていく。私とハシミの関係と同じように。でも、どうしようもなかった。今の私に彼女を止めることはできなかった。

「待って、ハシミちゃん!」

 突然ラッドさんが叫んだ。彼の手は私の肩から離れ、彼自身もこの場を去っていく。

 ――行かないで!!

 私は必死に叫んだ。でも、それは声にならなかった。彼の姿も段々小さくなっていく――。大切な友達が、大切な人が、ライバルがいなくなっていく――。嫌だ。嫌だ。必死に叫んだ。嫌だ――。

 もう何もかもがめちゃくちゃだった。もう、どうしたらいいのかわからなかった。

「ルリカちゃん、大丈夫? ルリカちゃん!」

 その声にはっとした。

 肩にそっと温もりが戻ってくる。だけど、それは先程までの温もりより小さかった。それでも、どこか、崩壊しそうな心が一歩踏みとどまる――そんな安心感を覚えた。

「ミカ……」

「そこのイスに座ろう? ね?」

 ミカは私を支え、先程まで座っていたイスに座らせてくれた。同じように彼女も座った。

「わたしね、ハシミさんが言ったこと、なんとなくわかる気がするの」

 しばらくの沈黙の後、彼女がそっと言い始めた。

「最初のグランドフェスティバルのとき、わたしもルリカちゃんとの対戦を楽しみにしてたから。ほんとはね、あのグランドフェスティバルの開幕前にお母さんが死んじゃったの。それで、伯父さんに今すぐ帰ってこいって言われてすごい悩んでたんだ。夢にまで見た舞台に参加することができるのに、参加しない選択肢を取る決断ができなかった。もちろん、お母さんが死んだって知ったときは辛かったよ。すぐにでも帰りたいと思った。けど、帰らなかったの」

「……どうして?」

「悩んでたときに夢で、ルリカちゃんと決勝の舞台で対戦するのを見たの。その試合は明らかにわたしが劣勢で、そのまま進めば確実に負けていたと思う。でも、絶対にルリカちゃんに負けたくないって思ったの。旅の中で支えてくれたルリカちゃんにあの大舞台で勝ちたい、そう思ってたから」

「ミカ……」

「ハシミさんも同じ気持ちなんじゃないかな。トップコーディネーターになる夢を叶えようとしているルリカちゃんと、精一杯戦いたいんじゃないかな。親友としても、ライバルとしても」

 親友として。ライバルとして。

 ふと、あの初めてのグランドフェスティバルのことを思いだす。準決勝でハシミと戦ったとき、勝利したのは私だった。彼女に勝ったのはその時が初めてだった。それなのに彼女は悔しさを全く見せず、私の勝利を祝福してくれた。その大舞台で負けて悔しかったはずなのに。

 私の中の何かが繋がった気がした。まだ曖昧で、全体像は見えないけれど――一筋の光が差し込んできたような感じがした。

「ありがとう、ミカ」

 私はそう言ってゆっくりと微笑んだ。ミカも優しく微笑み返してくれた。それがどこか懐かしかった。

 廊下に大きな音が響いた。振り返ると、治療室の扉が開き、数名の人たちともにストレッチャーに乗ったアーティーが出てきた。私はストレッチャーに飛びつき、「アーティー!」と声をかけた。

「命に別状はありませんので大丈夫です。しかし、回復には相当な時間がかかると思います」

 ふと、アーティーが小さな声で鳴いた。

 よかった――そう思った瞬間、私の胸の中は一杯になった。押さえ込んでいた感情が湧き上がり、私の泣き声が廊下中に響き渡った。

 * * *

 目が覚めたとき、月明かりが私とベッドの上でゆっくりと寝息をたてているアーティーを照らしていた。

 外はすっかり暗くなり、雨は止んでいた。ふと、もしかしたら、これまでのことは悪夢だったのかもしれない――そんな風に感じたものの、アーティーの左の羽に巻かれている包帯が、現実の出来事だったことを示していた。

 だが、アーティーの呼吸を感じるだけで落ち着いた。何よりアーティーが無事でいてくれたことが嬉しかった。無事でさえいれば、時間はかかっても再びコンテストにも参加することができるし、一緒に過ごすことだってできる。

 がらがら、っと静かに音がした。音のした方に振り向くと病室のスライドドアがゆっくりと開いており、そこからラッドさんが顔を覗かせた。その姿を見て驚いたのと同時に体をすくめた。

「ラッドさん……」

「ルリカちゃん、起きてたのか。体調はどう? 君もアーティーも大変だっただろう」

 彼は優しく心配そうに訊ねた。その様子が普段の彼で少し安堵したものの、あの出来事があっただけに居心地が悪かった。

「あ、えっと、大丈夫です。アーティーも生死に関わることはなくて、今はゆっくり眠ってますから」

「それなら良かった。とはいえ、ルリカちゃんもあまり無理せず、休んだ方がいい。ほら、よかったらこれを使って」

 彼はそう言って手に持っていた毛布を渡してくれた。私はお礼を言ってそれを受け取る。ふと、時間を確認するともう二十三時を回っており、すっかり夜が更けていた。

「それじゃあ、おれはこれで」

「あのラッドさん――」

 私は去りそうな彼を引き止めた。もうちょっと、彼と一緒にいたい――話したかった。

「もしよかったら、これから一緒に散歩に行ってくれませんか?」

 * * *

 私たちは岩場にある展望台にやってきた。ラッドさんは展望台の手すりに肘を乗せ、町を一望する。

「この町はいいところだろう? 人の行き来が難しい町だから自然が多く残っているし、ホウエンの歴史の舞台になっていたりもする。ほら、向こうに大きな扉があるだろう? あそこは祠になっていてね、ポケモンの魂が目覚めると言われている場所で、ここから何事も始まっていると考えられているんだ」

「聞いたことがあります。観光名所になってるところですよね」

「そうそう。でも、神聖な場所だからという理由で中には入れないんだ。観光名所として来たら、見れるのはあの扉だけだからがっかりする人も多くてね。観光名所ならもうちょっと配慮して欲しなあ、って思うんだけどね」

「あの、ラッドさん――」

「今日は、ごめん」

 私が言いかけると、彼が先に切り出した。

「今日の試合があんなことになってしまって本当に申し訳なかった。君を試合に集中できなくさせたのは、おれのせいだ。昨日、引退するって話をしてしまったから……」

「そんなことないですよ! そんな、むしろ、私の方こそ謝らないといけないと思っていたんです。ラッドさんと全力で戦うって約束をしたのに、それを果たせなくて、しかも、試合中にアーティーがあんなことになってしまって……本当にごめんなさい」

「いやいや、謝らないでよ、ルリカちゃん。本当は君と戦うまで言うつもりはなかったのに、戦う前で言ってしまって本当に申し訳なかった」

「……ラッドさんは本当に引退、しちゃうんですか」

 私はちょっと間を置いて言った。

 彼は視線を外し、言いにくそうに答えた。

「うん」

「どうしてですか?」

「潮時だからだよ。おれは今年で二十歳だ。この十年間、ずっとコーディネーターを続けてきたけど、一度も成果を挙げていない今、そろそろ自分の別の道を切り開かなければいけない時期が来たんだ」

「……ごめんなさい」

「なんで謝るの? ルリカちゃんのせいじゃないよ」

「私が……私がラッドさんに出会わなければ、ラッドさんが引退することはありませんでした」

 私が彼の後を追って同じグランドフェスティバルに参加しなければ――。そんな自責の念にかられ、胸が苦しくなる。

「それは君のせいじゃないよ。おれの実力が足りなかっただけさ」

「でも……!」

「むしろおれは君に感謝してるんだよ。君と出会ってから、行く先々で君と会って、戦って、勝ったり負けたりお互いを高め合うことができる日々が楽しかったんだ。それにその中で培った経験があったからこそ、今この舞台に出れたんだと思う。だからね、最後の試合に何よりもルリカちゃんと戦えたことが嬉しいんだよ」

「悔しくは……ないんですか」

「悔しくないよ。同じところを旅してきて、ずっと君の成長を見てきた。そして、トップコーディネーターへの階段を登り始め、ついにはあと一歩のところまできた。その大きな夢に君が一歩一歩向かっていくのを見ることが何よりも嬉しいんだ。そんな君と戦えたことは誇りだよ。だからね、おれはルリカちゃんにこのまま大会へ参加して欲しい。戦って欲しい。トップコーディネーターになって欲しい」

 私に負けたのに応援してくれている彼は、あのときのハシミと同じだった。試合に負けたのに私を応援してくれた彼女。引退に追い込んだ相手なのに応援してくれる彼。

 私がここにいるのはいろんな人に支えられてこそだということを痛感した。目指していた目標が霞んでいたことも思い知った。

「ありがとうございます」

 私は頭を下げた。

「私、ハシミから言われたことをいろいろ考えてたんですけど、全然わかりませんでした。でも、やっと気が付きました。私が間違ってたんです。トップコーディネーターになりたい――そう目標にしてきたけど、本当はそんなのどうでもよかったんだな、って」

「えっ?」

「この町に来る前、りゅうせいのたきに寄ってきたんです。そこで、空を飛ぶ練習をするタツベイと出会いました。夢を今すぐにでも叶えたいと、何度も何度も谷から飛び立っては落ちてを繰り返していたんです。もちろん、飛ぶことはできないんですけど、その姿に惹かれて私も手伝ってあげたんです。

 多分、ハシミもそのときの私みたいな気持ちだったんだと思います。自分の夢もあるけれど、友達……ううん、親友として、私の夢も応援してくれていたんです。それなのに、私は本気でトップコーディネーターを目指していなかった。それに気がついて、正しい道に戻そうとあんなことを言ったんだと思います」

「ちょっと待って。トップコーディネーターを本気で目指していなかったってどういうこと?」

「私はずっとラッドさんの背中を追いかけてきました。ラッドさんが行く地方に行って、コンテストに参加して、ラッドさんと戦って。私もそうしていることがとても楽しかったんです。でも、次第にトップコーディネーターという同じ目標を共有することが目的になってたんです。本当はそんなのどうでもよかった、ただ、ラッドさんと一緒にいたかったんです」

 盲目だった過去の自分を今から取り戻すことはできない。でも、今からなら新しい自分になることができる。本当の目標を取り戻すことができる。

「ルリカちゃん……」

「でも、もう大丈夫です。ハシミやラッドさん、みんなが応援してくれたから今の自分があることに気が付きましたから。私が忘れていた大切な目標を達成すること。それがみんなへの恩返しです」

 彼はその言葉を聞くと、ふっと表情が柔らかくなった。そして、決意を固めた表情で彼は手を差し出すと言った。

「うん。その恩返しを受け取るためにも、ルリカちゃんがトップコーディネーターになるのを全力で応援するよ」

 私は笑顔で彼の手を握った。彼の言葉が本当に嬉しかった。

 その時、今度こそ全力で戦いトップコーディネーターになろう――そう決意した。

「それじゃあそろそろ戻ろうか。ちょっと肌寒くなってきし、風邪を引くといけないから」

「あの、ラッドさん」

 決意を固めた私はあと一つ、はっきりさせたいことがあった。

「どうしたの?」

 本当の夢に向かって進むのは大切なことだと思う。だけど、その夢が霞むぐらい私が望んでいるもう一つ。それをはっきりさせるのは今しかないと思った。

「私、あの……」

 これまでずっと背中を追ってきた彼に。私を夢へと導いてくれた彼に。ちゃんと、この気持ちを届けたい。

「私、ラッドさんのことがずっと好きでした」

 夜の風は冷たくて凍えてしまうけれど――。

 彼の温もりはとても温かった。

 * * *

 この日、ホウエン地方ルネシティのグランドフェスティバルの会場は大歓声に包まれていた。会場には入り切らないほどの人々で溢れかえり、今か今かと決勝戦が始まるのを待っている。

 試合開始前の舞台袖。私と対戦相手のハシミは出番を待っていた。しかし、その間も彼女は私の顔を見ないようにずっとそっぽを向いていた。それがとても寂しかった、辛かった。

「ハシミ」

 だけど、伝えなきゃいけないと思った。私が彼女に助けてもらっていたことを。その感謝を。

「あれからあなたに言われたことをいろいろ考えたの。でも、反論できることは何もなかった。あなたの言ったことがみんな正しくて、間違っていたのは自分だったことに気づいたの。だから、私はちゃんと目標を取り戻せた」

 ハシミは何も言わない。ただ、拳を握り肩が震えていた。

「だからもう私は迷わないって決めたの。私は一人でここまで来たんじゃないって、みんなの支えがあったからこそ、今、この舞台を目の前にすることができているんだって気がついたから。だから、私のためにも応援してくれたみんなのためにも、トップコーディネーターになりたい……いや、ならないといけないの。例えハシミの夢を邪魔したとしても」

 沈黙。やがて、彼女の震えが止まり、顔を上げた。その時の表情はとっても懐かしかった。せっかく施したメイクが崩れているけれど、それでも、ここ数年で一度も見ることのできなかった、優しくいつも応援してくれた彼女の表情だった。

「馬鹿ね、今さらそんなことに気がつくなんて」

 ハシミの声は震えていた。それでも、気持ちはちゃんと伝わってくる。

「ごめん」

「でもよかった。やっと私の知っているルリカに戻ってくれて。決勝の舞台で……本物のルリカと戦えることが何よりも嬉しい」

「私もハシミと戦えるのが嬉しいよ。ありがとう、ここまで私を支えていてくれて」

 私は手を差し出す。ハシミはその手を見ると涙を拭って、私の目を真っ直ぐ見つめて手を交わした。

「勝っても負けても恨みっこなしよ」

「もちろん! 悔いのない、今までで最高のコンテストにしよう!」

 会場は大勢の観客に見守られている。自分の声すらも聞こえない大歓声の中、私とハシミはステージ上で向かい合った。

 頭上に留まっているアーティーが大きく身動きをし、全力で行こう! と気合いを入れるのを感じる。

 これから、どちらが勝ってもトップコーディネーター誕生となる世紀のポケモンコンテストが始まる。どちらが勝ってもおかしくない戦いだ。それでも私は負けるわけにはいかなかった。夢を掴み取るためにも、応援してくれるみんなのためにも、アーティーのためにも。全力で勝ちに行くことしか考えていなかった。

 そして、トップコーディネーターをかけた最後のポケモンコンテストが幕を開ける。

 私はモンスターボールを投げながら、大歓声に負けないように大きく叫んだ。

「ステージオン!」

あとがき

 最後までお読みいただきありがとうございます。

 本作品は、二〇〇七年頃に執筆した短編「Power of Dream」とそれを原作とした長編「ステージオン!」、および、同年の短編「フライングドリーム」の主人公であるルリカの登場十周年記念として執筆した、「夢シリーズ」の最終作となります。

「夢シリーズ」という表現はここで初めて使います。というのも、「フライングドリーム」の主人公はあえて「私」としか表現しておらず、「Power of Dream」との関連付けしていなかったためです。つまり、シリーズものでないという位置づけだったのですが、それはあえて本作でインパクトを高めるために、二〇〇七年からずっと意図的に隠していました。そして、本作でシリーズものと位置づけ、このシリーズは完結となります。

 ルリカは実質的な私の初めてのオリジナルキャラクターで、大変思い入れのある人物です。短編で登場させたかと思えば長編化を行ったり、「フライングドリーム」も二〇〇七年当時全力で執筆していろんな意見をいただいたり、シリーズとは関係ない短編「二者択一」にさり気なくルリカを登場させたりするなど、彼女を起用するのが好きだったのもあります。

 その彼女の手記とした小説を三部作としようとしたのは――つまり、本作を執筆しようと思っていたのは、その二〇〇七年当時からでした。「フライングドリーム」では、りゅうせいのたきを舞台としていますが、ホウエン地方各地を旅した「ステージオン!」ではりゅうせいのたきをすんなりと通しています。これは、「フライングドリーム」が「ステージオン!」の年ではなく、別の年の出来事を示す為のもので、あえてそうしたと記憶しています。「ステージオン!」でも、ルリカとラッドの関係性は匂わすだけで特に何も進展させなかったのも、本作の布石の為。トップコーディネーターになるためには三回優勝しないといけないという独自のルールも、ホウエン→シンオウ→ホウエンと旅させ、最終的に本作につなげるための布石でした。

 そのような準備をしつつ構想を練っていたものの、「ステージオン!」の完結ありきの内容であり、当時ストーリーをまともに構築していなかった為、完結するまでどう動くかわかりませんでした。そのため、「ステージオン!」の連載が終わるまで待つ必要があったのですが、完結が二〇一〇年までかかってしまい、その当時はスランプで全く書けない状態であったことから執筆に至らず、そのまま構想だけが残ってしまう事態になっていました。

 ですが、今回、ルリカのサイトでの初登場が二〇〇七年三月十三日であることから、彼女の登場十年のタイミングで出すしかない! ということで執筆にいたり、公開までこぎつけることができました。ちなみに、実際のところ、「Power of Dream」のWebでの初公開は同年一月七日なのでそこでなんとかしたかったのですが、昨年末時点で本作の執筆に至ることができなかったので間に合わせられませんでした。

 と、まあ、もうこれだけいろいろ思い入れがあるルリカの本作ですが、一番書きたかったのは、ラッドへの告白のシーン。「ステージオン!」で温めた彼への思いを伝えるルリカの赤裸々(?)な告白を書きたかったのです。ただ、初版では、一番書きたかったところなのに、「月が綺麗ですね」と言うこの世界では意味をなさない言葉にとどまってしまったのですが、最終版で無事にちゃんと告白させられてほっとしました。

 その告白のシーンを中心に物語は考えました。最終的に、「ステージオン!」で一番ルリカに近い幼馴染であった為、フォローに回ることが多くてフォーカスがいまいちだったハシミとの対立にすることになりました。それと、「二者択一」のルリカの存在の伏線を回収およびハシミとの対立の象徴として、ミカとミズジも登場させました。他にも登場させたいキャラクタはたくさんいたのですが、特にミズジの空気感がひどいことになってしまったので、出さなくて正解でしたね。

 そんな本作は上述した他の作品もうまく言及でき、やりたいこともやれて、シリーズの締めくくりとして無事書き終えたことが何よりも嬉しかったりします。やっと肩の荷も降りました。

 これからルリカが再登場する機会は今のところは全く予定していません。ですが、好きなキャラクタなのでまた何かの機会があれば……その時は考えたいです。

 最後にここまでお読み頂いた方、本当にありがとうございました!

あとがき:二〇十七年三月十一日

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