二者択一

 念願だったポケモンコンテストの大舞台である、グランドフェスティバルへの参加登録最終日のこの日にミカは登録を済ませた。意気揚々と宿舎であるポケモンセンターに向かい、部屋のキーを渡されると同時に、受付の女性に一通の電報があると告げ、彼女に手渡された。

 ミカはそれを部屋に持って帰り、封をきった。



 その夜、ミカは布団に入ったものの眠ることができず、時が刻一刻と刻まれていく。さっきから時計が壊れてるのか、カチカチと大きな音を出しながら針が動いていて、耳障りだったにもかかわらず、ミカはそれに反応をしなかった。その音がミカの耳に少し入ると彼女は時計を見、一時を過ぎたことがわかった。

 明日??いや、今日はグランドフェスティバルが開幕する日であり、開会式に遅れるとダメだから早めに寝たのはいいものの、眠れる様子などまったくなかった。そもそも、彼女はここで眠っていていいのだろうか、と思うことすらあった。

 下で眠っているコロトックのシーボが、その様子を感じ取ったのか目を覚ました。そのシーボの表情からまだあまり眠っていないことをミカはかろうじて察知した。逆にシーボはミカの心中を理解しており、彼女と同じ思いを彼もしているのだった。

 しかし、ミカはシーボの心中を理解していなかった。

「外に散歩に行こうか。少し気晴らしになるだろうし」

 空には雲ひとつなく、月明かりで地上は照らし出されいた。三月上旬のこの時期だから少しは暖かいと思われたが、淡いオレンジ色の長袖ブラウスだけではさすがに少し寒かった。しかし、取りに戻る気にはなれなかったので、そのまま散歩に出かけた。

 散歩中、彼女はずっと同じことを考えていた。昼間の電報……それには、彼女にとって虫の知らせとなった。それには「両親交通事故ニアイ死亡。タダチニ戻レ」とかかれ、最後にミカの伯父の名前が記されていた。

 しかし、戻れといってもミカがずっと夢にしてきたグランドフェスティバルは明日開幕だし、家に帰るまでには早くても二日はかかる。予選があるのだが、それは明日の開幕と同時にやるため、明日、この場にいなければ絶対にならない。二日??往復で四日もこの町をでれば大会に参加できなくなってしまうのだ。

 それと同時に、たった十一年であったものの育ててくれた自分の両親のところに行かねばならないという気持ちもある。自分を大切にしてくれた両親を見捨てるわけにはいかないし、最後ぐらいは共に過ごしていたい。

 そんな二つの気持ちにはさまれ、どっちをとるべきか悩みに悩みを重ねているものの、いまだ結論には達していなかった。夢をとるか両親をとるか。普通なら後者かもしれない。しかし、彼女はこの舞台に上り詰めるまでどれだけの苦労を重ねたかを考えると、もう一生こんなチャンスに恵まれることはないように思われた。

 そのとき、隣から大きな声が彼女の耳に入り、彼女は驚いたように我に返った。

「何をボーっとしてるの?」

 そういわれ、ミカは振り向くと近くに相手の顔があったので、驚き、思わず退いた。

 彼は少し笑いながらごめんごめんと言った。「まさかそんなに驚くとは思わなかったから」

 その彼はスラッとした体で、背の高い十五歳ぐらいの男の子だった。髪は金髪で、月明かりに照らされて輝いていた。

「なんだ、ミズジさんか」その姿をみたミカはつぶやいた。

 ミカが最初のコンテストに参加したときに出会ったのがミズジだった。それから幾度なく、会場で再会し、二次審査のコンテストバトルのときに戦ったライバルでもあり仲がいい友人でもあった。

「なんだとはなんだよ」ちょっと怒ったような口調でミズジは言った。「考え事をしてる様子だったから話しかけてやったのにさ」

「な、なんでそれを?」驚いた様子でミカは言った。

「なんでって、昼間すれ違ったときになんか、考え事をしているような様子だったからさ。で、いまも考えてるってことは、それだけ難しい問題なんだろ?」

 ミズジは何かと勘が働き、頭の回転もいいのだ。だから図星をあてることなどたやすいことなのだ。図星のミカは何も反論はできなかった。

 その様子をみてミズジは言った。

「図星だな。いったい、どんなことがあったのさ?」

 こういうときは変に嘘をつかないほうがいい。そう思ったミカは送られた電報の話をした。すると、近くにあったポケモンセンター内の芝生の庭にミズジが座り込み、ミカも座るように促した。

「で、どうしたいんだ?」

「もちろん、家に帰るべきなんだと思う。グランドフェスティバルに参加することはまだできるかもしれないから。でも、今までの夢が目前に迫っているのに、ここで投げ出すのは嫌」

 しばらく沈黙が続いた。二人ともしきりに何かを考えているからだった。だが、その沈黙を意外にもシーボがやぶった。

「シーボ……?」

 沈黙を破ったのはシーボの演奏するメロディだった。そのメロディは心を癒す綺麗な音色をしており、輝く月の下ではいっそう綺麗に聴こえた。そして、それはミカに一番の衝撃を与えた。そのメロディは、どこか昔を思いだす……。

「シーボは覚えててたんだね」とミカはシーボに対していった。シーボは演奏をやめない。「すっかり忘れてたよ、このメロディ……お母さんが一番得意だったピアノの曲……だよね」

 ミカの目に思わず涙があふれて泣きじゃくった。今まで抑えていた感情がついに抑えきれなくなったのだ。そう、あの電報を受けとってから彼女はまだ一回も泣いていなかった。二つの考えにはさまれ、悩んでばかりいたから泣く暇などなかったのだ。

 その様子をみていてミズジは心が苦しくなり始めた。彼女はいつも無邪気で、泣くところなど一回もみたことはなかった。それはおそらく彼女の旅の中で、人前で泣いたことはなかったのではないだろうか。

「ミカ、おまえ、家に帰ったほうがいいんじゃないかな」とミズジは言った。「理由はいらないだろ。そこまで泣いてるんだから」

 ミカはそれをきいたのかきかなかったのかわからなかった。ミズジがその言葉を発すると同時に立ち上がり、彼女はポケモンセンターの自室へ引き取って行った。そのときシーボはメロディを流さなかった。

 部屋に帰ってから、ミカはベッドに飛び乗ると、まだ泣いていたがいつしか眠ってしまっていた。


 彼女は夢をみていた。

 周りは大歓声に包まれて、空に輝く太陽が、彼女を??ミカを照らしている。歓声は熱狂的で、今は決勝の舞台にいる。目の前には見知った者がいて、その前には二匹のポケモンがいる。逆にミカの前には、傷ついたシーボだけがいる。ミカはきいた、シーボの曲を。シーボは戦い続けていた。どれだけ傷を受けてもその攻撃の手をあきらめてはいなかった。


 突如、ミカはベッドからおきあがった。あまりの轟音をきいたからだった。ベッドからおきあがって、その音が時計??目覚まし時計の音であることがわかり、音をとめた。時刻は六時だ。開幕式は九時から始まるから、まだ三時間はある。しかし、三時間と中途半端な時間になると、どうしても寝坊をしてしまいそうだったので、彼女は二度寝はやめた。

 そして、二度寝はやめようと決めたとき、彼女は今の夢を思いだした。

 あと三時間あるものの決断にはあと二時間ぐらいしか時間がない。もちろん、家に帰るか大会に参加するかの決断だ。それを考えるたび、彼女は夢がはっきりと戻ってきた。

 ??あの調子じゃ負けてしまいそうだった。

 彼女にはそのイメージしかなかった。このままでは負けてしまう。しかもあの人に……。あの人はミカより年上で経験豊富なライバルだ。その人に負けるのはつらい……。




 時計の針が九時をうった。

 周りは朝にもかかわらず騒々しく、人で込み合っていた。ミカの体は上下に揺られているような感覚だった。

 その彼女の身なりは普段着ではなく、ドレスを着ていた。もちろん、パーティにでるわけではないのでコンテスト用のだ。円形になったその会場の中央に彼女を含めたコーディネーターたちが集まり、円を縁取るようにして観客たちが大きな歓声をあげていた。ミカの胸中はこれとなくどきどきしており、すごい揺れを感じているようだった。

 彼女は胸にコンテスト優勝ということ以外は何も刻んでいなかった。あの夢……それが彼女を奮い起こさせた。あの人に負けるなんてことを彼女は嫌がったのだ。あの人には旅中に何回も戦って、敗れてきた。今度こそ、この大舞台で倒すのだ。そして、優勝をする。ただ、それだけを刻み込んでいた。

 両親については確かに悲しいことであった。別れ際にいないことも残念で仕方がなかった。でも、あの人はこの大会が終わったら別の地方へ行くということを以前言ってたし、ここ以外ではもう戦える場所はないのだ。その地方に彼女が行くわけにはいかないから。

 朝早くに伯父さんに彼女は電話をかけ、行けない旨を告げた。伯父さんはそれについて納得はしていなそうだったものの、彼女の誠意に負けてしまった。伯父さんは後悔すると脅し続けたが、結局は実を結ばなかったのだ。

 ??もう迷わない。絶対に優勝する!

 彼女が再度それを決心すると、開幕式が始まった。

もくじ