時の沈黙

 その日、ぼくのクラスに転入生がやってきた。

 その転入生は女の子で、髪は長髪、常に警戒をしているような鋭い目つきをしており、ミステリアスな雰囲気をかもしだしていた。彼女は、先生に続き自らの自己紹介をした。

「鈴木れおなといいます」

 彼女は、先生の紹介に続き自己紹介を始めた。その声は冷静かつ冷酷であるが、人を引きつかせるような声をしていた。彼女の歩き方は優雅で、それは人々を釘付にした。

 ぼくは彼女のその雰囲気に魅了されたと思っていた。実際、その雰囲気は前述どおりミステリアスなのだが、そのミステリアスさにぼくは惹かれた??魅力されたのだ。

 ある授業中、三席はさんだ向こうにいる彼女をふっとみていると、授業中でもその雰囲気は健在だった。背筋をピンッと伸ばし、体は完全に前へ向いている。それは、厳重な面接試験でも通用するような完璧さだった。

 彼女をそのままみていると、突然彼女はこちらを振り向くと、ぼくと彼女の目があったので、ぼくはあわてて視線をそらした。だが、視線をそらしてもそれからが気になり、ゆっくりみてみると彼女はこちらをまだ見ており、ぼくが見たのに気づくと微笑して、ふたたび前を向き、それからこちらを向くことはなかった。

 ぼくは、クラスでも影の薄い人物であることを告白しなければならない。大概の影の薄い人物というのは、友達は多いとはいえないほうであり、引っ込み思案??内気である。ぼくもその例外ではなかった。そのため、れおなさんのことについて話す人もいなかったし、話せもしなかった。

 そんなぼくには、さらに致命的な点があり、勉強ができないし運動も苦手という、一番悪いパターンの人間だった。とうぜん、成績も悪いため課題が多く出されるし、それを解くのに時間がかかるのも理解に難くないだろう。よって、いくら時間があっても、それが解けないときもあるし、解けても自分のやりたいことの時間などは取れない。

 そんな人間が思うことはただひとつ????時間がとまればいいのに。

 だが、それは気休めにもならないたまごと同然であり、事実そんなことはありえないことなのだ。よくいうではないか、時間は平等に与えられている、と。

 そんな気休めにもならない冗談を考えつつも、その日も課題に追われていた。

 ぼくの家の前には大きな道路があり、いつも騒音を立てている。勉強がただですらできないのに、騒音で邪魔をされれば、課題を取り組むのにも嫌気がさす。そうなればもうこの日は終わりで、課題に取り組むのを投げ出した。そのとき、ふと頭に浮かんできたのがあの転校生??れおなさんのことだった。

 彼女は、とにかく謎だらけだった。転校生といえば、最初のほうはいろんな人に声をかけられるものであるのに、彼女はその例外にあたった。もちろん、例外にあたる人もいるが、彼女はそんなタイプではないから、不思議だった。その雰囲気がそうさせたのかもしれないが、誰か一人ぐらいは話しかけるだろう。

 それと、授業中彼女がぼくを見ていたこともそうだ。前述どおり、ぼくは影が薄い人間であるわけだし、彼女がぼくを見つけるということは、あるいまい。もし、一億年に一回というほどの奇跡が起きたというなら話は別だが。彼女は、ぼくを見て微笑した。いったい、彼女はぼくをどう見て取ったのだろう?

 ほかにもたくさんあったものの、数を上げればきりがない。次第に、勉強のことなど忘れ、眠気が差してきて、そのまま床に就いた。


 その朝はいつもと違った。

 そう、寝起きのぼくですら、その雰囲気が何かいつもと違うことだけは悟ることができるほどだから、明々白々であり、寝起きが直るとすぐさまその雰囲気の違いに気づくことができた。

 その異様な雰囲気に、ぼくは呆然としていていったい何が起こっているのかと、脳内をめぐらしたが、ふと我に返り、学校にいかなければと、普段はいつも最初にみる時計をみた。アナログ時計だったが、その針の新は動いていなかった。

 次に音がしなかった。家の前には道路が通っているわけだから、いつも騒音がする。早朝だからといって、それが覆されたためしは、事故が起きたとき以外まったくなかった。その事故のときですら、パトカーやら救急車やらの音がするから、結局は騒がしかったのだが。だが、この日はそれもしなかった。

 ぼくは、窓を開け、外の世界を見てみた。道路にはたくさんの車が走っているにもかかわらず、動く気配なく、その場で止まっている。空を仰ぐと、朝日は昇っているものの、その傾き加減は朝をあらわしていて、まだ陽射しは弱かった。また、木をみてみると、風に吹かれ落ちた葉が、空中で静止画のようになっていた。

 時計が止まっており、音がしない。物体の動きも止まっている。それが示すもの。それは、何も動かない世界??無音の世界??いや違う。時が進まない世界だ。

 そう、ぼくは時が進まない世界に来たのだ。

 ぼくは、その感じがなんともいえなかったが、不意に机に視線が移り、まだ終わっていない課題のことを思いだした。

「そういえば、昨日、時間が止まればいいのに、って思ってたな……。ちょうどいいや、この時間にやってしまおう」

 表面上はうれしそうにしていたぼくだったが、内心はまったくうれしくなかった。時間が止まってれ、と願ったのは事実だが、実際こうしてみると虚空感に襲われるのだ。孤独??いつも一人でいる時間が多いぼくは、孤独になれているはずなのに、この虚空感を受け孤独がこんなにつらいものだとは思わなかった。

 だが、それは内心であって、やはり表面上は喜んでいたに相違ない。ぼくはるんるん気分で、課題を終わらせた。

 再び、外を見てみた。車の位置、太陽の位置、葉の位置、すべてが課題をやる前と同じだった。

 誰もが一度は時が止まってほしいというときがあったに違いない。それは貧乏人やぼくのような人は、何度も考えただろう。そして、もし止まったら何をするか、ということも考えただろう。

 それが今、現実となり、完全に時が止まっている。いったい何をするだろう?

 ぼくは最寄の本屋さんへ行った。まだ朝だから、開いてはいなかったものの、裏口で知っている人物は従業員だけだろう、というほどわかりにくい??店を一周していたらたまたまみつけた??非常口は鍵が開いていたので、ぼくはそこから店内に入り、読みたかったマンガを手に取った。そして、マンガについているビニールを取ると、上のほうをとるための足置きにすわり、その本を読み始めた。

 それを幾度となく繰り返し、ついに読みたい本もなくなったので、本屋を立ち去った。

 本屋を立ち去ると、今度はどうしようかと考えた。時間が止まれば好きなことができる。今までやりたくてもやれなかったことをやることができるのだ。それに期待を高め、次の場所へと向かった。

 だが、やればやるほどぼくの心はむなしくなる一方であった。

 確かに楽しいことは楽しい。やっているときはそう思うのだが、いくらかやった後、すぐにそれが楽しくなくなった。たとえば、対戦ゲームをやっているとしたら、最初のころは強くてコンピュータでも倒せないものが、慣れてくると、コンピュータで弱くてつまらないとなり、必然的につまらなくなっていくものである。そこで、対戦相手を作り、友達同士でやるわけだが、今このときの現状を考えると、それは不可能なことだった。

 ぼくはまたあの虚空感にみまわれた。前に受けた虚空感と違い、今度はかなりの重圧をかけてきており、それを受けたまま、ぼくはやりたいことをやり続けた。

 結論から言おう。ぼくは発狂した。

 誰もいない??頼れない??静か??動かない??何もかもがいやになった。もうこんな世界はいやだ! 早くもとの世界に戻してくれ! そう叫び続けた。だが、誰も返事をしない。いくら話しかけても、このぼくのこのときの状況を理解してくれる者がいない……。

 誰か……誰か。誰か! …………。

「いかがですか、この無の世界は?」

 不意にぼくの耳に、自分のものではない、他人の声が入り込んできた。ぼくは、その声のほうにさっとすばやく振り返った。

 そこには、白く輝き、銀色となっている服に包まれたれおなさんの姿があった。

「れおなさん……」

「いかがですか、この無の世界は?」

「いったいどういうことだ?」

「あなたが望んだこと。それが、この無の世界」と彼女。「あなたが望んだこの世界、どうです? あなたを喜ばせましたか?」

「喜ぶも何もあるものか!」ぼくは怒鳴るようにいった。

「あなたが望んだ世界にもかかわらずですか?」

「望んだ世界だろうがなんだろうが、こんな世界は真っ平だ。元の世界に戻してくれ!」

「あなたは何度となくいっていたはずです。時間が止まればいいのに、と。なぜ、あなたが望んだ世界をあなたが喜ばないのですか?」

「喜べるものか。こんな……こんな……こんな世界のどこが楽しい! こんな世界は、地獄の世界だ! 喜ぶも楽しいもない! とにかく、元に戻してくれ!」

「おや、この世界の創造主は誰かわかっていますか?」

「そんなもん誰だっていい! とにかく??」

 このとき、彼女はぼくのことばをさえぎった。

「わたしですよ、この世界の創造主は!」??彼女の目が人を殺さんばかりの鋭さに変わった??「あなたはいつもいっていた。時間が止まればいいのに、と。わたしはあなたの願いをかなえたい一心で、この世界にやってきて、そしてこの世界を創造した。それをなぜ、踏みにじる?」

「もうこんな世界はいやなんだ! こんな孤独で??つまらない世界なんて!」

 ぼくの目は必死だったに違いない。彼女はその鋭い目を弱めた。

「ならばいいだろう」その声は冷静だった。「元の世界に戻す」

「本当か?」

「本当にこの世界に未練はないのですか? あなたが望んだこの世界に。ここで捨てれば、私はいくらあなたのためといえど、この世界をもう一度作り出すことはない」

「それでもいい。だから??」

 そのとき、彼女の体から一気に強い光がもれ、ぼくの視界をさえぎり、言葉をとぎらせた。それと同時に、ぼくに強力な眠気に襲われ始め、どんどんと意識が薄れていった。光が、どんどんさえぎられ、闇に包まれていく…………。

 そのとき言葉が聞こえた。「……さようなら……」それを聞いたと共に、ぼくの意識はなくなり、完全に闇に包まれた。


 車の騒音がする。忙しく走り続ける、車の音が。ぼくはその音で、起床した。

 不思議な朝だった。前の起床したときの感覚ではなく、??なんというか??ある種のカルチャーショックのような感覚。そのまま一、二分は起床した状態でいたと思う。やっと現実に戻ってくると、自動的に頭の向きが時計に移動した。

 時計は、カチカチと音を立てて動いていた。

「元の世界に戻ってきたんだ……」ぼくはそれをみてつぶやいた。


 学校にいくと、ぼくの三席はさんだ向こうの机には誰も座っておらず、先生も触れず、授業が始まってからも触れられなかった。また、友達間の話題でもその席について、これといった話題は持ち上がらず、それは何週間にも及び、ついに一ヶ月もその席は空白のままだった。

 ぼくは、それをいぶかしげずにはいられなかった。あの日??ぼくが時が動いていない、彼女が言う無の世界から帰ってきた日??以来、彼女は学校に来ていないのだ。もしかして??ぼくはくだらない空想じみたことを考えた。

 だが、それからずっとその空想じみた考えが、覆されることはなく、ついにぼくは、彼女はどうしたのかと、先生に尋ねることにした。

 ぼくは、遠まわしないい方をせず、単刀直入に、わかりやすく??前もって考えておいた言葉で先生に尋ねた。

 すると先生は言った。

「鈴木れおな? 誰だい、それは?」

 ぼくの空想を見事に的中させる返事だった。

 ぼくは、前にこう前述した。『一億年に一回というほどの奇跡が起きたというなら話は別だが』と。まさにそれが??いや、それ以上の出来事が、ぼくの目の前で、起きたのだった。

 彼女はいったい何者だったのだろう?

あとがき

 私は以前からずっと、時間は貴重であるからとめることができたら、ドラえもんのどこでもドアよりいるだろう、ということを考えています。どこでもドアがなくても、時間をとめられれば、好きなだけ時間を使っていくこともできるわけですし、苦労こそ伴いますが、時間をかけずしていけるわけですから。極端な話、大晦日の二十三時五十九分に時間をとめて、富士山をのぼってしまえば、年越しを頂上で向かえることも可能なわけです。

 そんなばかげた考えから、テーマを「時間」とだし、それなりにストーリーもそれに近づけて、この形になりました。時をとめる作品を見たりする限りで、誰もが孤独がさびしいものであると知る、というのがありますから、この作品もセオリーどおりに書いてしまったので、一般的なものになってしまいましたが、練習のためにはこんなのもいいかなぁ、なんて。

 Time is monery??時は金なり。時間は大切なものであることを、もし次に書くことがあればかけたらいいなぁと思っています。

もくじ