月の神秘

 頼りになるのは懐中電灯の明かりだけであった。そして、彼女は、情報を集めてから来るべきだったと後悔した。

 彼女の周りは闇と木に包まれていた。


 彼女はこの朝から、さんさんと輝く太陽の光を浴びる場所にはいなかった。まだ朝もふけぬころ、彼女は、巨大で未開の森の中へと、懐中電灯を手に入り込んでいた。手に地図を持ち黙々と歩く彼女。巨大なバッグを背負い、まるで探検家のような服装をしている彼女。

 実際には彼女は探検家ではない。だが、それに属するとでもいっていいのが彼女の職業である。

 彼女は手に持つ地図を開いた。一冊の文庫本程度の大きさで、色あせ茶色に変色しているその地図には、中央付近にばつ印が描かれていて、地図の左上のほうには、日本語でも英語でもない言語が書かれていた。

「ここにいけば」彼女はそれを見ながらつぶやいた。「絶対あるはず……」

 それっきり彼女は黙りきったまま歩き続けた。

 この森は昼になっても日光を通さなかった。常にこの森は、薄暗さで覆われ、少しでも日が傾けば闇に包まれる。そのことに彼女は少し驚きつつも。懐中電灯の明かりを頼りに、やはり黙々と歩き続けただけだった。だが、やはり広大な森の中を歩くのに懐中電灯だけで歩くのは無茶があったらしい。

 そろそろ目的のばつ印がついた場所にたどり着くであろうと考えているのにいっこうに到着する気配はない。むしろ、近づいている気すらしない。

 彼女はつぶやいた。

「迷った」

 そう思いながら歩いていると、空から水がたれてきた。彼女は上を向くと、それは雨であった。泣き面に蜂とはまさにこのことだった。とはいえ、日光も通さない深い森であるから、強い雨というわけではなかったのが、せめての救いだったが。

 それでも、さすがにぬれながら進むのは、先のことを考えると問題があったので、たまたま見つけた木の下にできた祠のような穴の中に入り、雨宿りをすることにした。

 その間に彼女は地図を広げ、独り言をもらしながら現在地を特定しようとしていが、広大なこの森でそれを特定するのはもともと難しかった。

 彼女は思った。??こんなことになるなら、もっと情報を集めてくればよかった、と。

 いまだにふる雨はまだやみそうにもない。それどころか勢いが増してしまっているようで、森の外では激しい、台風並みの雨が降っているのではないかと予測されていた。雨音以外何一つ音がしないこの祠にいると、彼女は少し虚空感に見舞われたが、持ち前の元気な性格や前向きな考え方でなんとか乗り切っていた。

 そもそもそんな性格でなければ、この職業ではできないだろう。危険を冒してお宝を手に入れる職業の道は険しいのだから、後ろ向きの考え方や優柔不断では到底できない。

 だが、彼女も女性は女性である。懐中電灯の明かりが切れてしまい、あたりには何も見えなくなったときには少しなきそうになった。しばらくしてから、気を取り返すと、普段は入れていないが、もしものときのために入れておいた電池の予備があることを思いだし、それを探していると、雨音以外の音が聞こえたのがわかった。

 ??誰かが歩いている。

 一歩一歩、その音はは大きくなってきている。彼女は急いで、バッグから電池の予備を探し出したが、奥のほうに入り込んでしまったのかなかなか見つけることができない。その間にもその音は大きくなってきており、彼女は必死になった。

「あった!」

 やっとの思いで電池を見つけると、突然彼女は明るい光で照らし出された。思わずその光を手でさえぎってしまったので、前は見えなかったが、声がしたので、彼女はほっとした。

「いったい、こんなところで何しとるね?」

 手を下にさげると、そこに一人の老婆が立っているのを認めた。その老婆は傘を片手でささえもう一方の手で大きいタイプの懐中電灯を持っている。

 その姿をみて、少し戸惑っていると、老婆はもう一回言った。

「いったい、こんなところで何しとるね?」

「あ、雨宿りです」

「雨宿り?」少し驚いたように老婆は言った。「こんなちょびっとな雨で雨宿りかね」

 彼女は、自分も傘を持っているだろうとつっこみたくなったものの、それはいわなかった。

「そんなおばあさんこそここで何を?」

「わしゃあここに住んどるから散歩してただけじゃ」

「住んでる? こんな森の奥に?」

「さよう。まあなんじゃ、おまえさん雨宿りしとるなら、おばあの家でするといい」

 老婆の家はさほど遠くない場所にあった。森の中にひっそりとたたずむ家で、ログハウスの傾向が強い。煙突があるところをみると、ここにはガスが通っていないと彼女は思ったが、本当は通っていた。

 部屋の中は、真っ暗で老婆はランプに火を灯した。ランプが灯された部屋は、ワンルームの部屋であったが、奥へと続く扉があったが、それはしまっていた。

 老婆はお茶をいっぱい出すといった。

「あんたはここで何しとったね?」

「ただ迷っていただけです」

 彼女の職業は、それを悟られないようにしないといけない。お宝を手に入れるということは、盗みを働くようなものでもあるから、人前でいうことではないのだ。

「この森は広いからね」せせら笑いながら老婆は言った。「雨がやんだら、出口を教えてやるよ。それまでゆっくりしなされ」

 老婆はそういうと奥の部屋に入っていった。その部屋には、ベッドがあったことはわかったのだが、ほかはこの部屋のランプの明かりが奥の部屋まで届かなかったので、よくわからなかった。

 彼女は用心して、頭の中でこれからどうするかを考えていたが、しばらくすると寝息のようなものが聞こえてきたので、地図を取り出すことにした。なんとなくで現在地を決めると、そこからばつ印のところまでどうやっていくかを考え始めた。

 どんどん夜は更けていく……。出されたお茶はすでに冷え切っていた。彼女は、地図をバッグの奥にしまい、寝袋を取り出した。夜も更け、たくさん歩きまわったから眠気が襲ってきたのだ。寝袋に入ると、彼女はすぐに深い眠りに落ちた。

 それから一時間ほどし、彼女もまだ眠っているころ。老婆は奥の部屋から出てきて、彼女が眠る部屋へとやってきた。眠っている彼女をみて、どれくらい寝ているのかを確認し、深い眠りであるとわかると老婆は、彼女のバッグに歩み寄った。


 翌朝、彼女が起床すると老婆はすでに起きていた。なにやら、トーストらしきものを食している。

「起きたか」彼女が目を開いているのを確認した老婆は言った。「悪いがお前さんの朝飯はないよ」

 そんなのわかっている、といわんばかりに返事をすると、彼女はバッグから自分の食料を取り出した。そのとき、彼女はバッグの中の異変に気がついた。メインのポケットに懐中電灯が入っているのだ。彼女は常日頃懐中電灯だけはサイドポケットに入れている。昨日の記憶をたどってもそこに入れたというのを覚えていた。

 彼女は老婆をみた。窓の外を見ながらトーストを食べている。窓の外ではまだ雨は降り続いており、景色となると、遠くのほうにあの祠のような穴がある木があり、ほかは木々しかうつらないものだった。

 彼女は疑わしい目つきで老婆を見ながらも、自分の食料である缶詰を取り出し、それを食した。

 それを食しているとき老婆は言った。

「今日も雨は降り続けるな、こりゃ」??老婆は彼女をみると??「今晩もここで雨宿りをしてくか?」

「いえ、今日はいいです」

「遠慮せんでいいよ」

「いいえ、結構です」

「ここ出てどこいくね?」

 彼女は黙った。確かにいくあてがないのだが、探さなければならぬところがある。だが、それを話せば彼女がいわずにいることがばれてしまう。だが、それをはなさず断ると怪しまれてしまう、そう考えた彼女は仕方なくいった。

「では、今日もとめさせていただきます」

「元のところへ出る道は晴れの日に教えてやるから、それまでここにいるこったね」

「なぜ、晴れの日でなければいけないんですか?」

「雨の日には霧がでるからあぶねえんだよ」

 雨はしとしとと降っていた。彼女はまだやまないのかといらいらしながら、その様子を見ていた。また、今晩この家に泊まることになれば、老婆はバッグを物色するだろうと、不安に刈られていた。

 老婆が何も言わないところをみると、老婆が彼女の正体がわかっていないらしい。だが、また物色されれば今度こそばれるかもしれないという不安に駆られていた。一部の事件で、彼女の職業のものが殺されてしまうという話もあるのを彼女は知っていたので、それが恐ろしかったのだ。

 そんな彼女の気持ちを知らない雨は、ついにやむことなく夜を迎えた。

 夕食を共に食すし、沈黙が続いていた。すると、老婆は言った。

「雨がやんだようだね」

「え?」

 彼女は耳を済ませてみた。確かに雨音のようなものはしないようだが、室内ということもあり窓を開けて確認してみたが、やはり雨音はしなかった。

「明日にはおまえさんも外に戻れるだろうよ」

 そういって老婆は奥の部屋へと入っていってしまった。

 彼女は明日より今が大切だった。彼女は寝ずの晩になる構えだった。幸いかどうかはわからないが、ほとんど今日は動かなかったから、あまり眠気が来ていない。この夜は乗り越えられそうだと、自信を持った。

 だが、逆に何もしないとなると、眠くなるものである。彼女は頭をがっくんとさげてはあげを繰り返していた。彼女は完全に睡魔に襲われていた。

 そのとき奥の部屋へと通ずる扉が開いたので、彼女は顔を上げた。

「おまえさん、いくぞ」

 面食らったように彼女は老婆を見た。

「いくって、どこへ?」

「いいからきなされ」

 そういって、老婆は家を出て行ったので、彼女はそれについていった。

 老婆はあの大きな懐中電灯を片手に持っていたので、前方は明るかった。だが、そんなのは彼女の知ったことではなかった。

「いったいどこにいくんですか?」

 彼女はしつこくその質問を続けたが、老婆は毎度同じ返答しかしなかった。「いいからきなされ」と。

 それからしばらくすると、突如彼女の視界が開けた。目の前に広がっていたのは、大きな湖だった。空には月が綺麗に輝き、地上をその美しさで照らしていた。

「おまえさん、トレージャーハンターだろ?」

 彼女が美しい月をみていると、唐突に老婆が言ったので、上をみあげたまま彼女は凍ってしまった。

「何も驚くことじゃない。あの地図をみればおまえさんがどんな人物かわかるわい」

 彼女はゆっくり顔をさげ、老婆の顔をみた。老婆は不気味な笑みを浮かべながら、彼女をみていた。

「それだったらいったいどうしようと?」彼女は強気だった。

「別にどうしようとも思わん。じゃが、この森に宝などはありゃせん」

「あなたが知らないだけでしょう。あの地図をみたならわかると思いますが、あのばつ印のところには宝が??」

 彼女の言葉をさえぎり老婆は言った。

「あの場所はここじゃよ」

「え?」彼女は面食らった。

「あのばつ印がしめしていたのはここじゃ。この湖じゃ」

「そんなばかな!」彼女は叫んだ。

「本当じゃよ。おっと、まさか湖の中に宝があると思ってもそれは違うわい。湖の中には魚しかおらん」

 彼女は愕然とした。宝の地図だと思ったあの地図が、未開の地への第一歩でしかなかったのから。彼女は探検家ではない。トレージャーハンターだ。トレージャーハンターに、未開の地が一歩開けたなどどうでもいいことなのだ。

「まあ、落ち込むことでもあるまい。あれをみよ」

 老婆が湖を指差したので彼女は指先を追った。

 湖には月が映っていた。神秘的に輝く月の光が湖にもうつり、空には美しい輝き。地上には神秘的な輝きがうつっていた。それはもう、自然界でしかみられない現象であり、彼女が今までみてきた宝石の輝きよりも美しかった。

「ここにはこの景色しかない」と老婆。「所詮、おまえさんには興味のない代物じゃろう」

 彼女には老婆の言葉はとどいていなかった。その神秘さに心を惹かれていたから。

「まあいい」老婆は続けた。「トレージャーハンターなどには景色はいらぬ。だから、おまえさんにはこの地を紹介した。じゃが、この地を誰にも教えなさるな、この地は聖なる土地でもある。万人に教える場所ではないのじゃ」

 その言葉も彼女には届かなかった。

 老婆は思った。

 ??まあよい。あの祠からこの地へたどり着けることを知る者はわししかおらん。所詮、教えたところでわかりはしないだろう。それに、トレージャーハンターなど孤独なものだ。紹介するものもおらんじゃろ。

 月の神秘さは人を魅力する力がある。それに彼女は釘付けになっていた。そして、それから彼女はこの地に住み続けたという。

あとがき

 この作品花鳥風月シリーズ第四弾の“月”がテーマのものです。一応、シリーズとしてはこれで完結です。

 一番難しいというテーマが、直接的に触れられないものというのがこの作品を書いていてわかりました。なので、これを書くのに時間がかなりかかったのですが、資料探しも今回はしなければなりませんでした。そこで発見したのが、月は神秘的なものを持つというのがあったので、それを使おうと思って、こんな結果に。なんともいえないできです。

 “彼女”と称される人物がいったいどうなったかはご想像にお任せします。

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