花〜桜のない季節〜

 日本人にとって桜は宝物のようなものだ。



 その年の春は異常な天気だった。まだ三月だというのに蒸し暑く、雨はたくさん降りまるで梅雨にでも入ったかのようだった。三月で六月の気象だから四月は七月の気候になるというわけで、四月には七月の暑い日が続いた。じゃあ、前戻って二月の天気が五月の気候だというとそうではなかった。二月は二月で寒く、二月上旬になると唐突に暑くなった。つまり、二月下旬は冬のような寒い日が続いたが、上旬には五月なみの暑さになるという気候だったのだ。

 気象庁に勤めている私はその気候について調べてみたものの、詳しくはわからなかったが世間の噂どおり地球温暖化の問題であるという結論に達した。

 だが、私はその結論に達するのが嫌だった。この気候が毎年続けば私が毎年期待しているものをみることができなくなるのだ。そう、日本の四月といえば誰もが答える桜という花を。

 この年の桜は一本も咲かず、つぼみの段階で終わってしまっていた。私たち気象庁のものたちとしてもこれは残念でならず、桜前線についてもこの年に限っては報道されなかった。

 二月下旬は一月の気候で上旬は五月の気候だし、三月は六月の気候だし、四月は七月の気候で四月の気候になる時がないのだ。それでは無論、桜など作季節がないわけだから咲くはずなくその年の私の楽しみ??いや、日本人の楽しみは地球温暖化に奪われてしまったのだ。

「温暖化なんだから仕方ないだろ。これに限ってはおれらだけじゃどうにもならねえよ」

 私の同僚で親友でもある孝一はそういった。確かに孝一のいうことは普通の考え方だ。私だけがんばってもこの状態を改善はできない。しかし、何もやらないというのではさらに温暖化を促進させてしまうだけだと思い、来年こそ桜が咲くようにと私は対策をやることにした。

 案外、やろうと思い目標に向かってやって行くと事は続くものであるのをこの年に私は実感した。私はもともと長続きしない性格で、掃除機セットはかったもののすぐ使わなくなるし料理を始めようと料理器具をかったものの今ではしまいこんだままだ。だが、それだけならいいのだが、この性格には恋にも当てはまり、交際したのはいいものの、すぐに別れてしまうのであった。

 そんな性格の私ですら、続けた地球温暖化対策をみごと一年間続けることができ、その年の四月が再度やってきた。


 その年の気候には多少の変化が現れた。昨年の二月上旬の気候は前述どおり五月だったのが、四月中旬の気候までになったのだ。それでもいままでの気候と比べれば違うが、その結果に私は喜びを感じた。だが、四月中旬の気候でも桜が咲くことはなかった。

「でもまあいいじゃないか」と孝一は言った。「このまま続ければあと二年ぐらい後にはきっとみれるよ」

「しかしなぁ、私は一年に一度は桜が見たいよ。孝一はそうでもないのか?」

「まあ、確かに酒は飲みたいな」

「花より団子か」私は少しあきれたような声で言った。「でも、確かに桜の下で飲みたいな」

「じゃあ」と孝一は思いたったように言った。「どうせ桜は咲いてないだろうけど、明日あたり飲みにいくとするか?」

 翌日は私と孝一は休みだったので、夜飲みにいくことを約束した。

 そんな翌日の昼間は特にやることもなかった。最近は早く帰ることができたりしたので、部屋はさほど汚れておらず掃除も短時間で終わったし洗濯も簡単に終わってしまった。私は未婚で結婚暦がないので、家事がいつの間にかに上達していた。

 何をしようかと考えいたとき、もしかしたらひとつぐらい桜が咲いているのではないかと思い、近所の桜の木を見て回ることにした。

 しかし、近所の桜だって世間の例外ではなかった。桜なんてもとより、春の花すらも咲いていない。つぼみこそあったものの、ほとんど開いていなかった。それでもやることはないわけだし、そこらじゅうを回ってみてみるといろんな話が耳に入った。

「もう桜は咲かないんだと思うよ」車椅子に座っている年老いた女性に車椅子を押している女性はそう言った。

「そんなことにでもなったらわたしの唯一の楽しみがなくなってしまうよ。もう一度でもいいから桜を見たいねぇ」

 私はそれを聞いて心が重くなった。いつ死ぬかもわからないおばあちゃんが桜を見るのを楽しみにしているというのに、それが咲かないなんて。それはこのおばあちゃんに限ったことでもなく、年老いていようと年老いていなかろうとほかにも大勢そういう人はいるであろう。

 地球温暖化。それは日本人にとってはもっとも憎たらしいものでもあるのだ。

 その夜に私は孝一にその話をした。

「確かにな。日本の国花ともいえる花だから昔の人もそれが好きだったんだろうよ」

「まったくだ。本当、前々からささやかれてきてはいたが本当になるとは思わなかった」

琢志(たくじ)に限ったことでもないよ。世間の人でそう思っていなかった人なんてそうそういないだろうよ。近い将来じゃなく、もっと遠い世界??二十二世紀とでもいうか? そのときに来ると思っていたんだろう」

「さすがに二十二世紀まではいかないと思ったがね。その半分目に地球は滅びるとか言う話だったし」

「確かにそのころには滅びてそうだな。今の現状でこんななんだし」

 私はその話に怒りながら話したせいか飲みすぎて二日酔いになってしまい、その日は休暇をもらい仕事を休んだ。昼になるとなかなか気分がすぐれてきたのでその戸の風にあたるついでに散歩することにした。

 この散歩がたまたまではあるが、前日とは別の場所を通っており、あるお寺の前に来て私は足を止めた。その寺は、この近所で隠れた花見スポットになっており、毎年少数な割には綺麗に桜をみることができるポイントだった。隠れた場所というのは寺が階段を上らないとダメなところにあり、下からその寺を見ても桜は見えないのだ。その桜はお寺の奥のほうにあり、そこは下から見えないから隠れた場所となっている。ただし、階段がこれまた多く、確か三百段はあったように思う。だから、あえてそこにはいかないという人もいるようだった。

 そのことを思いだして心が私の体から離れているうちに私の体はいつの間にかに階段を上っていた。二日酔いで普段あまり運動をしない私が三百段を上るのは一苦労で、上ったときには完全に息が切れあえいでいた。

 ひとまず休憩し、呼吸が整ってから私は桜が綺麗に咲いていたスポットへと向かった。

 当たり前ではあるがそこには誰もいなかった。そして、パッと見た感じだと桜は一枚も咲いておらずつぼみだけがただただ枝にあるばかりだった。私はゆっくりと歩き、木々を見て回っていった。木々ははげたままの状態でさびしく思えた。

 この場所でこの光景をみたのは初めてだった。ここには春にしか来なかったからだ。だからか、私には一瞬でも今は冬だと感じたのが十分に五回はあった。

 春が来た感じがしなかった。

「何をお探しかな?」

 不意に後ろから声が聞こえたので振り返ってみると、寺の住職がたっていた。住職はもう老人で暑そうな服装をしているが、年のせいなのかどうかはわからないがあまり暑そうではなかった。

「桜を探してます。いえ、毎年ここには綺麗な桜が咲くものですからこんなときでも一枚ぐらい咲いてるかと思いまして」

「そういえば、あなたは毎年こられていましたねぇ」

 住職は言葉の意味を理解して、毎年来ていた人の顔をすぐに思い出したように言った。この住職の記憶に私は敬意を表した。

「ええ。しかし、やはりないようですね。この気候じゃ仕方がありませんが」

「いや、桜はありますよ」

 その住職の言葉に私は驚くのと同時に少し心が躍った。私が「本当ですか」と聞き返すと住職は言った。

「本当ですとも。こちらにきなされ」

 私は住職の後を歩いて行った。歩きながら住職は私のような人が何人も来たことを伝え、その人たちにもその桜を見せたのだという。

「ですがあまり期待なさらないでください。桜は一枚しか咲いておりません。風で吹き飛ばされてしまっていればもうありませんよ」

 前日は庁にいなかったがそれほど風は強くなかった。その前にはずっと庁にいたが、それほど強い風は吹いていないのを私は知っていた。私は一歩歩くごとに胸が踊り始めた。これほど桜を楽しみにしているのは初めてだった。

 そして、ついに私の前に一枚の桜があるのを私は目にした。

 その桜は風に吹かれていたが、飛ばれまいと踏ん張っており、まるでその姿を強調しているかのようにも思えた。

「これでお気に召したかな?」と住職は言った。

「ええ」と私。「桜一枚でも見れたら私は幸せです。ああ、やっと春がきたなぁ!」

 これでも私はまだ三十なのだが、時々おやじくさいことを言う。そのおやじくさい発言を住職はどうとも思わなかったらしかった。

 私は気が済み、住職と共にその場所を去ろうとしたとき、唐突に強い風が吹いた。私はその風に驚き、振り返ってみると桜は宙に舞い、地面におちてしまった。それと同時に私の春もなくなってしまったように思えた。私はその花びらを拾うと住職は言った。

「その花びらがほしいなら持っていってもかまいませんよ。おちていただけでは何の意味もありません」

 私はその提案を受け入れ、花びらを家に持ち帰った。

 私がその桜が家に入ったときに、唐突に今年が始まったように思えた。

あとがき

 書いていて気づいたのですが、いくら五月の気候だろうが暑ければ桜の開花はあるはずなんですが、どう思ったか咲かない設定になっていますが、実際にそんなことはないでしょうね。まあ、とりあえず、未来の話というわけで解釈してください。

 さて、これは花鳥風月シリーズ第二弾の“花”がテーマのものです。この花というのが何かと曲者で、どの花を題材にすればいいかとかでいろいろ悩んだんですが、結局は桜になりました。私は桜が国花だと思っていたんですが、実際は違うか本当だとかどっちともいえない情報を入手したので本文中では少しあいまいにしてます。

 ところで、この作品に登場する琢志と孝一ですが、彼にとってはこれが二作目だったりします。一作目は私の知人や付き合いのあるかたにしか公開していないのに登場しています。まあ、その作品もいずれは公開するでしょうがしばらくは公開しないでしょうね。

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