鷺宮家の別荘

「彩菜、またやつが盗みを働いたよ」

 彩菜は、レポートを書く手を止め、新次の前にあるパソコンのディスプレイをのぞいた。見出しは、怪盗シーファン一千万円相当の宝石を盗む、と書かれていた。

 怪盗シーファン??それは、彩菜にとっての大敵だった。一度、彼女は怪盗シーファンとあったことがあり、それは目と鼻の先にいたのだ。それなのに、取り逃してしまったのだから。

 彩菜は何もいわず、レポートを書くのを再開したので、新次は話を促すようにいった。

「まったく、困ったことだよな。警察も予告状が来てるっていうのに、逮捕できないんだから」

「それだけ、怪盗シーファンの手口がきめ細かいところまでねられてるということよ。私のときより、手口が巧妙になってるっていう話しだし」

「それに比べて、うちらは、まったく依頼はなしで、成長したくてもできない状態だね」

「ホームページ効果もなし、ということよ」彩菜は苦々しくいった。

 新次が探偵事務所に勤務することになったきっかけのホームページ作成の、ホームページはすでに完成していた。しかし、完成して公開したのはいいものの、いまだに依頼人が増えることはなく、今までどおりの閑散とした探偵事務所が続いていた。

 新次はまたパソコンに向かった。このままじゃ、自分の身もまずい、と思ったからだった。

 それからしばらくすると、閑散とした探偵事務所に突如チャイムが鳴り響いた。彩菜の書いていた文字がそれによってぶれた。

 新次は、パソコンから目を離して、事務所のドアを開けた。彼は執事のような仕事もこなすことで、給料アップを図ろうとしていたのである。ドアを開けると、そこには一人の女性がおり、その女性を見たとたん、彩菜は喜び驚く声で言った。

「奈美!」

「こんにちは」奈美と呼ばれた女性はうれしそうに言った。

 彩菜は立ち上がり、中に入るように促した。新次はよく状況が飲み込めないまま、奈美を中にいれドアを閉めた。

「今日はどうしたのよ?」彩菜は奈美を椅子に座るように促しながら言った。「事務所に来るのは久しぶりじゃないの」

「ここに来たからには、ちょっと彩菜に相談があって……」

 奈美はそういいながら、新次を横目で見た。

「あ、こいつは新次よ。事務所の手伝いとか、まあいろいろしてもらってるの」彩菜は奈美の視線に気づいて新次を紹介した。「で、新次。奈美はね、私の昔からの友達で同級生だったのよ。もっとも、私が留年したから、いまは大学三年だけどね」

「初めまして、辻風さん」奈美は挨拶をした。それにならって、新次も挨拶を交わした。

 鷺宮奈美は、セミロングほどの長さの髪で目はパッチリし、その瞳がはっきりとわかる。万人の目から美人だとはいいがたいものの、それに近い綺麗な女性だった。

「もしかして、噂のお手伝いさんというのは辻風さんのこと?」奈美は彩菜に尋ねた。

「噂のお手伝いさんって?」新次は口を挟んだ。

「あなたが事務所のお手伝いさんっていうことよ」と彩菜。「ワトスン役になりたがっている、推理小説好きな、ね」

「それはそうだけど、いつからお手伝いさんになったのさ? そんな話は聞いてないぜ」

「もうそれに近いじゃない。今もドアを開けたんだし、表現するにはお手伝いさんが一番楽なのよ。ささ、ところで、奈美。今日はまたどういった用件で?」

 新次はすばやく自分の定位置にすわり、パソコンの画面に文書ソフトを起動した。その一行目に新次は「依頼人:鷺宮奈美」といれ、改行した。

「さっきも言ったけど、相談しにきたのよ」奈美は言った。「恥ずかしい話なんだけど、私のお父さんと祐介兄さんがお金の問題でけんかしてるのよ。なんでも、祐介兄さんが大きな借金をしてしまって、その返済ができないというの。だから、返済分をお父さんに貸してもらおうとしているの。彩菜も知ってるとおり、私のお父さんは、機械関係の有名会社の社長だから、お金はあるのよ。祐介兄さんがせびろうとしているお金が出せないというわけじゃないの。

 でも、お父さんは祐介兄さんにお金を貸さないのよ。祐介兄さんは、お父さんとは昔から仲が悪くて、それでお父さんは出す気はないんだと思うの」

 奈美はそこで話をきったので、彩菜はいった。

「それで、私はどうすればいいわけ?」

「お父さんと祐介兄さんの間に入って、和解交渉してほしいのよ。お父さんと祐介兄さんの仲がよくなるように」

「でも、それは家族の問題だから、私が入るべきじゃないと思うんだけど」と彩菜。

「実は、お父さんは祐介兄さんのことを許そうとしてるのよ。でも、素直になれないのよね、きっと。どうしても、はねつけるようにしてしまうから、相変わらずなままなの。彩菜は昔からの友達だし、お父さんも彩菜のことは知ってるでしょ? だから、その間に入って、許すようにサポートしてほしいのよ」

「なるほど、そういう仲介なのね。じゃあ、ここは、友達としてそれに参加するわ。どうやって、サポートするかは考えてるの?」

「ありがとう彩菜。今はこれといって決めていないんだけど、お父さんは借金の返済をしてあげるかわりに、自分の会社に入ってもらって、ちゃんとそれを返してもらう、ということを考えてるらしいの。祐平兄さんもお父さんの会社に入ってるしね。それをうまく使えばなんとかなるんじゃないかしら?」

「そうね。じゃあ、それ受けるわ」

「ありがとう、彩菜。今度、私たち一家が別荘に集まるの。木曜日からお父さんとお母さんはは行くんだけど、木曜日はあいてる? 兄さんたちは金曜日にいくから、お父さんと話すには木曜日にいくのがいいんだけど」

「ごめん、木曜日はちょっと講義があるのよ。金曜日の午後からなら大丈夫だけど」

「じゃあ、金曜日の午後からにしましょう。兄さんたちもそのときにはくるし、実行もできるしね。みんな来るから、引き合わせるという作業はいらないしね」

 彩菜はうなずくと、金曜日のことを話し合い始めた。そのときに、新次も役に立つかもしれない、という理由で同行することとなり、新次は理由が何であれそのことを内心喜んでいた。

 相談が終わり、奈美が探偵事務所を辞去すると、彩菜はいった。

「記録はできたの?」

「もちろん、ばっちりさ」

 新次はディスプレイに映し出されている画面を彩菜に見せた。そこには、先ほどの文書ソフトが起動しており、奈美が話した内容がすべて入力されていた。

「さすが、新次はパソコン関係は強いね」彩菜は新次をほめた。「あの話をすべてタイピングで打ち込めるんだから」

「これぐらいは朝飯前さ」新次は自慢そうに言う。

「これで、細かいところを忘れてしまったとき、役に立つわね」

 彩菜はまだまだ新米探偵で、すべてを記憶するのには限界があった。依頼人の要点をはずすことの多い話なら、なおさらだ。そのため、彩菜は新次のタイピングスピードの速さを見込んで、依頼人の依頼内容をパソコンに入力し、忘れないように記録するようにしたのである。

「じゃあ、それを印刷しておいてね。奈美の別荘に持っていくから」


 鷺宮家の別荘に到着する一時間ほど前から雪が降り始めていた。だが、奈美が運転する車のタイヤにはチェーンは巻かれていなかった。

 鷺宮家の別荘は、雪が多く降るこの地にあるだけあって、屋根には一工夫されており、積雪対策がなされていた。奈美の話によると、この別荘はもともと避暑用の別荘であるため、冬にはこないから、雪の重みに耐えられるような設計になっているのだという。まだまだ雪は弱々しく、今にでも降り止みそうなため、その設計の機能が使われることはなかったが。

 別荘の中に入ると、外の寒さとは一変し凍えきろうとしている人をも一瞬にしてあったかくさせるほど暖かかった。もっとも、これは寒いところから暖かいところへ来たことによる感覚の麻痺であるため、実際には少し暑い温度だった。

「ただいま」

 奈美はリビングに二人を案内した。リビングには、二人の男女がおり、共に年齢はすでに五十を越しているようだった。

「おお、彩菜ちゃん。久しぶりだね」そういったのは奈美の父の貞治(さだはる)だった。

「お久しぶりです、おじさん。それにおばさんも。お元気そうでなによりです」

「よく来たねえ、彩菜ちゃん」と奈美の母の悦子がいった。

「そちらの男の子は誰だね?」貞治は新次を見ながらいった。

「辻風新次といいます。彩菜の事務所で事務をしておりまして。それで、奈美さんに招待に預かったものですから」

「おお、そうかそうか。ゆっくりしていってくれたまえな」

「その指輪、綺麗ですね」と彩菜は唐突にいった。

 彩菜は唐突にいった。その指輪というのは、貞治の指にはめてあるもので、何カラットあるか凡人にはわからないが、大きなダイヤが付けられている指輪だった。ダイヤモンドは、弱い部屋の明かりにでもきらきらと輝きをみせ、まさに宝石の王様であるといってるかのようだった。

「よく気づいたね」貞治はうれしそうにいう。「このダイヤモンドは特別なダイヤでね。軽く五千万円はくだらないダイヤなんだよ。寝る前にはいつもぴかぴかに磨いていてね??」

「ところで、兄さんたちは?」

 奈美はあわてて、父の話をさえぎった。貞治が、このダイヤモンドの話になると自慢げに長々と話始めるのを知っていたからだった。

「まだ来てないよ」と悦子。「特にこれといった電話もないし、そろそろ来るんじゃないかねぇ」

 奈美はうなずいて、二階に二人を連れてあがった。この家は二階建てであり、二階には寝室用の部屋が六つあり、フリールームが二つあって、合計八つの部屋で占められている。

 寝室七つのうち、五つは鷺宮一家の寝室だった。もう二つひとつは客人用の寝室であった。その二つの客人の用の寝室にそれぞれ彩菜と新次はとまることとなった。

 部屋割りが決まり、一階へ三人が降りていると、突然彼女らの耳に怒号が飛んできた。彼女らはリビングに飛び込むようにして入ると、貞治が別の男に向かって怒号を飛ばしていた。

「お前にやる金などないといっただろ!」

「こっちだって、好きに頼んでるわけじゃないんだ。借金が返せなかったら、どうなるかわかってるだろうが」

「そんなこと、おれが知ったことではない。とにかく、金はだせん!」

 男はふんっと鼻を鳴らすと、彩菜たちには目もくれず部屋を出て行った。彩菜はそのとき気づいたのだが、もう一人男がいたのである。

 貞治は、彩菜たちに気づき冷静さを取り戻そうとしていたが、すぐには無理だったようで「家族内の争いごとを見せてすまなかった」というと部屋を出て行った。

 貞治が出て行くと、もう一人の男が言った。

「兄貴の例の話だよ、奈美」

「わかってるよ、祐平兄さん。彩菜、祐平兄さんを覚えてる?」

「彩菜?」

 祐平は、その名前にどこか聴き覚えがあるように、奈美の言葉を鸚鵡返しした。

「ああ、彩菜って、あの彩菜ちゃん? ほら、西山探偵の」

「そうですよ、祐平さん」と彩菜。「私も祐平さんのことは覚えてましたよ。子供のころ、ときどき遊んでくれましたものね」

「ああそうだったねぇ。もう何年も前の話だが。そっちは誰だ?」

「辻風新次です」新次は名乗った。「彩菜の事務所で事務関係をしています」

「そうか。それで、今日はどうしてこんな山奥の別荘まで?」

 鷺宮祐平は、鷺宮家の次男である。奈美は長女だが、祐平よりは年下である。身長は百八〇センチほどある長身で、奈美と同じく目はパッチリと開かれている。ふんわりとしたバリトンボイスの持ち主だった。

 奈美は、本来の目的とは違うことを祐平に話した。祐平は決して口が軽いわけではないが、こういうことは隠密にやるべきだと奈美は思っていたからだった。だが、この場合は彩菜は話してもいいのではないか、と思っていたものの、それを口に出すのは控えておいた。

 祐平は、納得しかねるように首をかしげていたが、特になんともいわず、その場を辞去した。

 後に、貞治に怒号された人物は、奈美と祐平の兄である祐介であることを彩菜と新次は知った。祐介は祐平、奈美と同じく目がパッチリしており、長身で祐平とほぼ同じなのだが、髪が祐平よりだいぶ長かった。奈美が言うには「借金をしてるから、散髪代に出すなら借金を返済するのに使ってる」とのことだった。

 貞治と祐介の仲は、彩菜と新次がいる中でも険悪だった。特に夕食時には重々しい空気が漂い、美味の料理を食べているのにそれが美味でなくなってしまうほどだった。そんな夕食が終わると、祐介と祐平は二階へあがっていき、悦子を除いた余人はリビングに落ち着いた。

 貞治を除いた三人はトランプをして、時間をつぶし、間をおくと彩菜は立ち上がり、ゆっくりと貞治に話しかけた。

「おじさん、ちょっとお話が」

「なんだい、彩菜ちゃん?」

「祐介さんとはどうしたんですか? なにやら、口論をしていたようですが」

 貞治の顔がみるみるうちに、赤くなってきたのが、遠くにいた新次と奈美にもわかった。

「話すことでもないよ、これは身内の問題だ」貞治の声には怒りが混じっていた。

「その問題を一人で抱え込んでしまうのはよくないのでは? おじさんには考えがあるのでしょう? それをいえずに困ってる」

「なぜ、そのことを?」貞治は怒りと一緒に驚きも混ぜながらいった。

「ご存じないかもしれませんが、今の西山探偵事務所の探偵は私なんですよ。今日、ここに来たのは奈美から相談があったからなんです」

 貞治は驚いた様子で、奈美を見た。奈美は困惑することなく、父をみ続けた。

「悪いが私から相談を持ちかけるつもりはない」貞治の声は元に戻った。

「もちろんそうでしょう。これは奈美からの相談です。おじさんから、相談されることはありません。ですが、私はおじさんのサポートをすることができます。祐介さんと仲直りしたいのでしょう? 一人で考えず、私たちにお話をお聞かせ願いませんか? 三人寄れば文殊の知恵ともいいますし」

「さっきも言っただろう。これは我々家族の問題だ」

「先ほどもいいましたが、私は探偵です。新次は探偵事務所の記録係などをしています。そして、奈美は鷺宮家の人間です。探偵たるもの、秘密は厳守しますよ。おじさんが家族の問題が外に出るのを恥ずべきことだ、と考えてるならば問題はありません」

 貞治の表情から、怒りが引いていったようだった。だが、まだ決心がつきかねるようで、口をもぐもぐさせていたが、それは言葉にならなかった。

「この件については明日まで待ってくれ。少し考えを整理したい」

 やっとのことで、貞治はそういうと、まるで逃げるようにリビングから出て行ってしまった。

「どうも、失敗しちゃったみたい」貞治が出て行くと、彩菜はいった。「ごめんなさい、奈美」

「気にしないで」と奈美。「お父さんをあそこまでやったんだから、よしとしましょうよ」

 そのとき、別荘内にチャイムが鳴り響いた。このチャイムは玄関のもので、悦子はキッチンから出、玄関のドアを開けた。

「どちら様ですか?」悦子は尋ねた。

 ドアを開けた先には、二人の男がいた。二人とも登山をする格好をしており、この雪のため防寒具も身にまとっていた。

「すいません、実は私たち道に迷ってしまいまして」と男はいった。「ここからどうやっていけばいいのかまったくわからないのです」

 暗くて雪がどれだけ降っているかはあまりわからなかったが、少なくとも彩菜たちがきたときより、雪は積もっているようだった。

「まあ、こんな真っ暗なところじゃもう里には降りられないでしょう」と悦子。「ちょっと、中に入ってお待ちくださいませ。奈美! お客さんをお通しして。さあさあ、中で温まってください。こんなところの立ち話では寒いでしょう」

 奈美が客人二人をリビングへ案内すると共に、悦子は二階へあがっていった。少しすると悦子と共に貞治がリビングへと入ってきた。

「この雪の中大変ですな」一通り挨拶を済ませると貞治は言った。「なにせ、この暗さですし、この雪なので車も出せませんので、今日はこちらにお泊りになられてはいかがでしょう?」

 客人たちはそれを断ろうとしたが、さすがに完全に断りきれない様子だった。この雪なのだから、それも無理はないが。結局、彼らは念願の暖かい部屋にとまることができるようになった。だが、部屋は残っていなかったため、考えた末、彩菜が奈美の部屋にとまり、彩菜がいた部屋に客人たちはとまることとなった。

 客人たちは、井上と上田と名乗った。フードを下ろしたから詳しくわかったが、二人はほぼ同じ身長で、体格も似ていた。ただ顔立ちは異なり、井上は厳しそうなイメージを思い浮かべさせる顔の男。上田は対照的にやさしそうな男だった。ちなみに、玄関での会話は上田が行っていた。

 その二人をみて、祐平は少し首をかしげているのに彩菜は気づいた。だが、祐平は特に何も言わずその場は終わった。


 翌朝、鷺宮家の別荘は騒がしかった。廊下を走る音、誰かが騒ぎ立てる声。そんな状況で、おちおちと眠っている暇はない彩菜と奈美は起き上がり、廊下へ出た。

「どうしたの、お父さん?」

 廊下には貞治が、かなりあせっているようすで走っていた。

「どうしたもこうしたもない!」貞治は憤慨しているようだ。「おれのダイヤがなくなったんだ!」

 彩菜は眉を吊り上げた。

「お風呂に置き忘れたとかは?」奈美は言った。

「そんなことはない。寝る前にはちゃんとあったことを確認してあるんだ」

「寝ている間になくなったわけですね?」と今度は彩菜。

「そのとおりだ。おれが眠っている間に、祐介が忍び込んでダイヤを盗んだんだ」

「祐介兄さんが?」奈美は驚いたようだった。

「ダイヤを盗むのはあいつしかいないだろ! おおかた、ダイヤを現金に換えようというんだろうが、そうはいかん。これからとっちめてやる!」

 祐介は、何度も荒っぽくたたかれるドアの音に反応して、たった今起きたようだった。彼は、いきなり怒号を飛ばす憤慨した父をみて、いったい何事かを尋ねると、貞治はさらに憤慨し、祐介を罵り始めた。

「俺はダイヤなんか盗んじゃいない!」状況を理解した祐介はいった。

「じゃあ、誰が盗んだというんだ、え? お前しかダイヤを盗むやつはいないだろうが」

「だったら、部屋を調べてみろよ。そんなことしても無駄な努力だがな」

 確かに無駄な努力だった。貞治は、祐介の部屋をあちこち調べまくったが、ダイヤは見つからなかった。

 それがわかると彩菜はいった。

「とにかく、全員リビングに人を集めてください。これは私が扱う事件ですよ」


 リビングに、鷺宮家の五人と客人二人、探偵と探偵の事務所事務員が集まった。各自はばらばらの椅子またはソファに座り、彩菜はリビングの入り口にいた。

「状況は簡単です」と彩菜はいった。「昨夜、何者かがおじさん??貞治さんの部屋に忍び込み、ナイト・テーブルの上にあったダイヤの指輪を盗んだ。昨夜就寝前に、おじさんが指輪があったのを確認し、今朝方なくなっているのを発見したことから、深夜に何者かが忍び込んだのは間違いないでしょう」

 誰もそのことに口を挟むものはいなかった。彩菜は続けた。

「そして、窓の外を見てください」

 彩菜はカーテンをあけ、外の景色を見えるようにした。窓の外の景色はひどいものだった。いや景色と呼ぶ代物でもなかった。

 外は大吹雪となっていたのだ。

 彩菜は続けた。

「この大吹雪です。いつからこうなったのかはわかりませんが、私たちが眠る前にはこんな状態ではなかったはずです。もっとも、ふぶいていなくとも、あの夜の暗さではどうしようもないことでしょうが」

「どういうことだね?」貞治は言った。

「つまり、この大吹雪では誰もこの別荘から出ることもできない。できたとしても、途中で倒れてしまうのがおちでしょう。そして、この別荘にいる人々は一人たりともかけていない。つまり、ダイヤを盗んだ犯人は、この中にいるということになります」

 リビング内は一瞬にして凍った。まるで、外の吹雪が部屋の中に流れ込んでしまったように。

「でもまってくれよ」と新次がいった。「まだ吹雪く前にこの別荘に来て、帰ればいいんじゃないか?」

「それは除外していいと思うの。なんで、わざわざこんな吹雪が吹く中でこんなところまで来たの? もっと簡単なときに来るのが普通じゃない。それにまだ雪が積もっていなかった木曜日に、おじさんたちはいたんだから、そのときにくればよかったじゃない。なぜ、昨日じゃなければならなかったのか、説明ができないわ」

「なんか、考えがあったのかもしれない」

「そうかもね。でも、ダイヤだけを盗んでるみたいだから、そんなときに来る理由は考えられないわ。ねえ、新次、今からこの別荘をみて回って、窓やドアが壊れているところとか不審な点がないか、調べてみてよ。もちろん玄関のドアもね」

 新次は、不満な表情でそれに従い、部屋を出て行った。

 部屋には吹雪の音と暖炉の火が燃える音だけが響いていた。部屋にいる人々はみな、重々しい顔もちをして、不安そうだった。ただ、貞治だけが違い、祐介をにらみつけるようにみていた。客人たちは特に不安そうな顔を持ちをしていた。彩菜はそれをみて「犯人として疑われることを恐れているのではないか?」と考えた。

 新次が部屋に戻ってきた。彼は、どの部屋の窓も壊れていなかったことを彩菜に告げた。彩菜はうなずいた。

「おばさん、昨日はちゃんと別荘の鍵をかけましたか?」

「もちろんかけましたよ。それに、寒かったですからあける人などはいなかったでしょうが」

「さあ、これで外部犯説はほぼ捨ててもいいでしょう。そうは思わない、新次?」

 新次は黙っていた。どうも悔しがっているようだった。

 彩菜はいった。

「では、内部犯説とすると、皆さんの身体検査及び部屋を調べなければなりませんね」

 それに反発しないものなど、奈美と貞治ぐらいのものだった。身体検査など受けたくない、それがみなの本音であるのだ。一気に批判を浴びた彩菜は、少しひるんでしまったが、立ち直っていった。

「この中に犯人がいるのはほぼ確実です。この際白黒はっきりさせようじゃありませんか。みなさん、それぞれを疑ってこの吹雪がやむまですごすのはいやでしょう?」

 それにもみなは反論してきたが、次第にそれは弱まりはじめ、同意こそしないものの、いやいや身体検査及び部屋を捜索することを彩菜と新次は許可された。彩菜は女性の身体検査と部屋のチェック。新次は男性の身体検査と部屋のチェックをした。

 このことで、新次は内心喜んでいた。自分がこんなことできるということは、自分は疑われていない??つまり、自分は彩菜に信じられているのだと思ったからだった。今までの彼の扱いと対比すれば、それは喜ばしいことであるのだ。

 だが、新次のそんな気持ちとは裏腹に彩菜は憂鬱だった。それから、新次の報告を聞くと、さらに憂鬱となるのだった。

「どうだった、彩菜?」

 全員の部屋のチェックが終わると、新次は言った。

「こっちはなし。まあ、奈美は私と一緒だったわけだし、おばさんはやりそうもないものね。そっちは?」

「こっちもなかったよ」

「そんなばかな!」彩菜はいった。「それじゃあ、どの部屋にもないことになるじゃない。そんなことはありえないわ」

「でも、これは事実なんだ」と新次。「俺が見てきた中では、ダイヤモンドの指輪なんてなかった。それは確かさ」

 彩菜はただただ唖然とするだけだった。


 その日の晩、彩菜は夕食をとらずじっとリビングにあるソファにすわり、暖炉の火を眺めていた。外はまだ吹雪いているようだったが、その音は昼間と比べれば落ち着き、明日の昼ごろになれば、完全に収まってしまうだろうと思われた。

 それは彩菜をあせらせる要因のひとつだった。彼女は、身体検査及び部屋の捜査でダイヤが発見されなくとも、内部犯説を捨てなかったのだ。彼女は、何が何でも外部犯説はありえない、そう考えていたのだった。

 新次や奈美は、彼女の失敗をどうとも思わなかった。少なくとも彼女の気がおちるようなことは思っていなかった。彼ら二人は、彩菜が失敗を犯したことに落胆しているのだと思っていたのだ。彼らは、彩菜に慰めの言葉をかけたりしたものの、彩菜は一言も返事をしなかった。夕食の誘いに関しては、一言いらないと返してきたのだった。

 夕食後、新次は客人の井上と上田と話がかみ合ったらしく、リビングへ入り愉快に話を始めた。どうやら、井上と上田も推理小説通らしく、新次はそのことで話に熱中したのだ。だが、客人たちは、海外ミステリーに関してはよくわからないような返事をし、日本ミステリーに関してはよく話をしてきた。

 新次たちの話題が暗号関係に変わると、リビングにイラついた調子の貞治が入ってきた。彼は乱暴に椅子に座り、彩菜に話しかけた。だが、彩菜はそれをぶきっちょに断り、ひたすら黙想に入っていた。ちょうどそのとき、奈美が入ってきたので貞治はいい相手を見つけたとばかりに、彼女を呼びつけて、ぐだぐだとダイヤを取ったのは、祐介に違いないというのだった。

「でも、そんな証拠はないでしょ?」奈美は言った。

「もちろんそうだとも。風呂に入ってる祐介の部屋に今さっき入ってきたのだが、ダイヤなどなかったし、あいつの服にもない。いったいやつはどこに隠したのか。巧妙にかくしよってからに!」

「それだけ探してないなら、祐介兄さんじゃないのよ。ねえ、わたし思ったんだけど、お父さんがうっかり見落としてるということはないの?」

「そんなことがあるわけないだろう。おれはちゃんと部屋を隅々まで探して回ったんだからな」

「逆におおまかに調べたほうが見つかったりするかもよ。ほら、灯台下暗しっていうぐらいだから」

「だが、隅々まで探したんだから、灯台下暗しもなにもあるまい」

 そのとき、新次がいった言葉が彩菜の耳に入り始め、貞治と奈美の会話は耳に入らなくなった。

「乱歩といえば、ポーですよね。ポーも黄金虫という暗号ものを書いてますし。まあ、俺としては失われた手紙のほうがすきなんですが。モルグ街の殺人はどうも、俺にはあわなくて……」

 そのときだった。まるでソファが倒れるような勢いで、揺らぎ彩菜は立ち上がっていた。新次たちはその彩菜の様子に驚き、一斉に彼女に視線を浴びせた。そして、彼女は突然走り出し、階上へ上がりそれぞれの部屋を調べ始めた。

 それをおって新次が彼女を追い、彼女を発見したとき、彩菜の手にはダイヤモンドの指輪が握られていた。


「おお、これは確かにおれのダイヤ!」

 リビングに全員集まると、彩菜は貞治にダイヤを返した。貞治は驚いた様子で、彼女とダイヤをみつめ、感激の言葉を口に出しながらダイヤを受け取り、指につけた。

「いったい、これをどこでみつけたんだ?」

「それは犯人の部屋からです」と彩菜は冷静にいった。「その犯人の部屋は、もともとは私の部屋だった。そう」??ゆっくりとみなの顔が犯人に振り向かれていく??「犯人は、井上さんと上田さん、あなたがた二人なんじゃありませんか?」

みなの視線が一気にその二人に注がれた。二人は当惑しているようなそぶりを一瞬見せたが、そぶりを一瞬にして消していった。

「なにをばかなことを」と井上。「なんで、我々がお世話にしてもらっている、この家で泥棒をはたらなかなければならないのだ。それに部屋に誰かが忍び込んで、ダイヤを隠したのかもしれない」

「そんなに全力で否定されなくても」彩菜は笑いながらいった。「今ここにいてはわかりませんが、いずれあなた方が犯人であることにはすぐわかると思うんですよ。おじさん、確かそのダイヤは寝る前にいつも磨いてるんでしたよね?」

「そうだとも」

「だったら、里に下りてから警察にそのダイヤを渡して指紋をみればわかることです。寝る前には指紋をふき取った。そしてその後誰かがそれを持ち出したなら、その人物の指紋がついてるはず。もちろん、私とおじさんの指紋は別ですよ」

「犯人は手袋をしていたかもしれないじゃないか?」新次はいった。「そうすれば指紋はつかない」

「そうかもしれない。これは私の空想かもしれないけど、おそらくダイヤを盗んだらすぐにこの場を去るつもりだったと思うの。いったわよね、あの雪の中でわざわざここまで来る必要はないって。それなのに、あの日を選んだのか。

 まず、この別荘に偶然を装って入り込み、隙を見計らってダイヤを盗む。そして、その後すぐに、おそらく少しはなれたところに用意しておいた車に乗って逃走するつもりだった。そうすれば、ばれるのは朝になるし、あの雪だったら朝になれば吹雪くだろうと予想したのよ。吹雪けば自分たちを思うものはいないし、警察に連絡するにも電話線も切って連絡できないようにしてあるはず。そうすれば、簡単に逃亡することができる。そうすれば、指紋をつけても問題ない。手袋をするという発想を出す必要もなかった。

 だけど、計算外が起こった。実行完了後、逃亡しようとしたら外はすでに吹雪いてしまっていた。このままではもうでれない。この別荘に泥棒自らまで閉じ込められてしまった。そのとき、犯人はダイヤを元に戻せばよかったのに、戻さなかった。なぜか? 盗んだダイヤを隠して、隠した場所に自信があったから。せっかく盗んだダイヤですもの、そう簡単に手放すわけにはいかなかったんでしょう」

「その隠し場所はいったいどこなんだ?」貞治は尋ねた。

「新次と井上さんと上田さんが話しているとき、海外ミステリーの話になるとよくわからないことを言い出していた。それは、海外ミステリーを本当に知らないのか、または海外ミステリーの話をしてはダメだと思った。でも新次と話せるぐらいなら、海外ミステリーのことを知っているのは当たり前だと私は思った。そして、新次はついに井上さんと上田さんが恐れていた言葉を口にした。ポーの『失われた手紙』」

 井上と上田の表情がみるみるゆがんでいく。彩菜はそれをみつつ、話を続けた。

「読んだことがあるかどうかは知りませんが、失われた手紙のトリックをそのまま彼らは使ったんです。そう、だから隠し場所なんていうたいそれたものではなかった」

「それがなんだっていうんだ」井上はゆがんだ表情で言った。「それが私たちが犯人であるという証拠にでもなるのか?」

「証拠は指紋ですよ。まあ手袋をしていれば証拠も出ませんが」

 井上の表情が少し明るくなった。彼は何かをいおうとしたとき、先に彩菜が言葉を発したので、それはさえぎられた。

「ところで、祐平さん」彩菜は祐平をみながら言った。「祐平さんは、この人たちを最初見たとき少し首をかしげていましたよね? どうしてですか?」

 まったく趣旨から離れているその質問をされ、いささか面食らった祐平だったが、その質問に答えた。

「いや、どこかで見た顔だな、と思って」

「今、見ていてどこで見た顔かは思いだせますか?」

 祐平はまじまじと、井上と上田の顔を見た。二人は、それから顔をそらしみられないようにしていた。

 しばらくすると、祐平はあっと声を上げた。

「そうだ。会社でみたんだ! 少し前、商談できた二人! 親父も確か、この二人にはあったはずだ」

 彩菜は満足げにうなずいた。

「おそらく、おじさんのダイヤの話を聞いたんでしょう。おじさんはダイヤの話をするのが好きみたいですし。それで、どこからかこの別荘に集まることも知り、祐介さんと金銭トラブルを抱えてることも知った。そして、祐介さんに罪をかぶせようとした」

 井上の表情がまた暗くなった。

「さて、じゃあどうしてそんな会社の知り合いの人が、知っているといわなかったのか。そして、おそらく近くにあるであろう車についてお尋ねしましょう。どうして、ここに来たのか? いずれにしても、警察の事情聴取を受けることは避けられないでしょうね」

 井上は肩を落とした。それをみた上田はよくわからない言葉で、反論してきたが彩菜はぴしゃりとその反論に答え、上田もついに肩を落とすこととなった。


 彩菜の推理は一個だけ当たっていなかった。最も重要な証拠としていた指紋であるが、それは当たっておらず、井上は手袋をして計画を実行していた。だが、車の件については当たっており、結果的にはその車に関して問い詰められたことによって、井上と上田は逮捕という運びになった。

 彩菜は気になっていたことのひとつとして、なぜ二人で実行したのか、ということだったが、このことも警察から証言を得ることができた。なんでも、井上と上田は同期で仲のよい関係であり、実行犯である井上は車が運転できないというのである。動機は、共に金がほしかったという。上田は金にはかなり困っていたようで、そのことでこの計画に加担したという。

 事件が無事解決して、数日後、西山探偵事務所に奈美がやってきた。

「事件が解決してよかったね、奈美」彩菜はいった。

「ええ、おかげさまで。それにあの事件でもうひとつのことも解決したしね」

「そうね。おじさんは、祐介さんを疑ったことをわびると同時に、自分の考えを切り出したんだもの。それで祐介さんも承諾したし、万事解決」

「結局、彩菜は何もやらなかったよな、その件に関しては」新次は笑いながらいった。

「まあ、いいじゃない。解決したんだし。ねえ、奈美、今度久しぶりに遊びにでもいかない?」

「ぜひいくわ。新次君は?」

「あいつはダメよ。ちゃんとここで事務仕事をしてもらわなきゃちゃ!」

もくじ