新米探偵への挑戦状

 世間をにぎわした、十日で七名のものを誘拐したという連続誘拐事件があった。

 誘拐犯は今だ捕まっておらず、七名の家族に連絡がないことから拉致の疑いが強いと警察は考えていた。誘拐された七名の年齢や職業はまったく関連性がないという。警察は全力で捜査をしているが、いまだ手がかりがないらしい。

 都心部から少し離れた都会の中の田舎にある一軒の家で、黒のショートヘアーで頬は少し紅潮している女性がインターネットのニュースでその記事を読んでいた。

「警察もお父さんがいなくなったらまるっきりダメね。こういう計画犯罪に対しては」

 今から二ヶ月ほど前の紅葉が見ごろの時期に、都心部を離れた場所に探偵事務所を構えていた西山乱夢という名探偵が、仕事の関係でロンドンへと向かった。事件内容は一般に公表されなかったから不明であるが、重要な事件でありもう何ヶ月も帰ってこないだろうとのことだった。

 乱夢は日本の重要な事件を解決し、警察からも高く評価を受けておりシャーロック・ホームズのように、警察の手にはおえない事件などが舞い込むこともよくあった。乱夢がいなくなってから、彼の事務所は娘の西山彩菜に引き継がれた。彩菜は大学に通いながら探偵業を行うこととなったのだ。

 その彩菜はたったいま、インターネットのニュースを読み終わったところだった。

「はぁ、こんな重大な事件が起こっても私のところにはなにも舞い込んでこなくて、平凡な毎日かぁ」

 彩菜は乱夢がいなくなってからの探偵事務所を引き継いだはよかったが、一向に依頼は来なかった。もう二ヶ月もたっているのに、一件もだ。彩菜は心底退屈していた。

 インターネットニュースを読み終え、暇になった彩菜は椅子の横に置いておいたカバンを取り、プリントと筆箱を取り出して、レポートを書き始めた。

「手紙が来てるわよ、彩菜」

 レポートを書き始めてから、十分も立たぬうちに彩菜の母である、西山鈴代が彩菜宛の手紙を一通持ってきた。

 鈴代は乱夢がこの探偵事務所にいるときから一緒に経営していた。そして、彩菜が探偵となってもこの事務所の経営を続けていた。もう、五十六歳であるがまだまだ元気である。髪には白髪などはまったくみられない。

 彩菜は手紙を受け取ると、裏面を見た。差出人は誰かわからない。封を切り、中の手紙を取り出して読み上げた。紙はきれいな便箋だ。

 手紙の内容は次のとおりである。

  西山彩菜様

 テレビやインターネットなどのニュースで、七人が誘拐された事件が発生しております。この事件の犯人について私は知っております。なぜならば、それは私が犯人だからです。

 七人ものの人物の命を預かっております。この者たちを救出させたければ、下記住所の屋敷に必ず一人でおいでくださいますようお願いいたします。

 おいでくださったとき、私と勝負をしていただきます。この七人のものを無事に助けることができるかどうかを。それはあなたが来た日から人を殺していきます。

 なお、こなかった場合や警察に連絡した場合は、七名のものを殺害し私は逃亡させていただきます。

 連続誘拐事件 犯人より。

 読み終えると、少し冷えたお茶を飲んだ。

 さっきまで読んでいた連続誘拐事件の犯人からの手紙だ。七人もの命を救えるかどうかが今、彩菜の肩にのしかかっているのだ。乱夢ならここまでのプレシャーはかからないだろうが、彩菜にとっては探偵になってからの最初の事件なのだ。プレッシャーがかかるのは当然であろう。

 鈴代は彩菜の様子を察し、手紙を取り上げた。少し間があいてから鈴代は手紙を彩菜に返しながら言った。

「行きなさい」

「え?」

「行きなさい。これは彩菜にとって最初の事件であり、重要な事件よ。警察もあてにはできないの。あなたがこの七人の人たちの命を救ってあげなさい」

「大丈夫。私、ちゃんと行くから。不安だけど行かないつもりはないわ」

「そう、ならよかった。じゃあ、早く準備して出かけなさい。この住所だと今からいかなきゃ夜になるわよ」

 彩菜は筆箱などをカバンに押し入れ、部屋の奥にあるドアを開けて階段を上り、家へと入った。

 西山探偵事務所は、一階が事務所。二階が生活スペースになっており、彩菜の部屋ももちろん二階にある。彩菜は小さめのカバンを取り出し、中にペン類と手帳、手紙を入れて、外へ出て車のエンジンをかけた。

「じゃあ、行ってきます」

 車の窓越しで鈴代に言った。

「はい。気をつけるのよ」

 彩菜は車を動かし、手紙の住所へと向かった。


 手紙の住所があった場所は山奥だった。東京からはずいぶんとはなれ今では暗くなり始めている。道は舗装されておらず、がたんがたんと音を鳴らしながら走っていく。

 彩菜は車の免許を取得してから二年たっていたがこんな悪路を通るのは初めてだった。

 あたりの木々の葉はなくなって、その姿をあらわにさせている。この木々も少し前は紅葉の見ごろだったのだろう。地面には数枚、赤い葉っぱが落ちている。

 しばらく走らしていると屋敷のような建物が遠くに認められてきた。車を走らせるにつれどんどんと屋敷が近づいてくる。

 屋敷の敷地に入るには一本の橋を通らねばならないらしい。木造の橋で、重たい車が通れば壊れそうだ。橋の下には流れの速い川が流れている。橋から川への高さは二十メートルほどある。

 彩菜は不安になりながらも先ほどのまでのスピードよりもぐっと速度を下げて橋を渡っていった。橋を無事に渡りきり、屋敷の玄関らしき場所の前にある広いスペースに車をとめて降り、呼び鈴を鳴らした。

 二、三分待っただろうか。それぐらいしてやっと扉が開いた。

 中から出てきたのは、五人の男と二人の女だった。年齢はみなバラバラみたいだが、結構若そうだった。

「あんた誰だ?」

 一番前にいる、体つきのよさそうな??何かのスポーツ選手だろうか? ??坊主頭の男が言ってきた。

「私は西山彩菜といいます。あなた方は誘拐された七名の方たちですか?」

「ああ、おれたち全員が誘拐されてここに来たんだ」

 今度は坊主頭の男の後ろにいる田舎風の男が言った。服装からして農作業中に連れ去られたようだ。

「私はあなた達を??」

 助けに来た。と、言おうとした時、坊主頭の男が喜びの叫びをあげたので、彩菜の言葉はさえぎられてしまった。

「橋が架かってるじゃないか! よっしゃ! これでここから脱出だぜ!」

 坊主頭の男は彩菜を押しのけ、橋へと向かって走っていった。

「ちょっと!」

 彩菜は怒ったように言った。だが、坊主頭の男はそのまま橋へと走っていった。

「まあまあ、西山さん」

 と、田舎風の男が、彩菜を慰めるように話しかけてきた。

「野村さんはせっかちな方なんですよ。一番、おびえていらした方ですし」

「だからって人を押しのけていきますか?」

「私たちはこんなところに閉じ込められていたんですよ。早くここから出たいんです。それは私たちも変わりません」

 と、後ろのほうから女性が言った。女性二人は後ろにいたのでどちらがいったのかはわからなかった。一人はショートヘアーの女性で、もう一人はロングヘアーの女性だった。ロングヘアーの女性は若い人が来てそうな服を着ている。

 その時、彩菜の後ろから大きな爆発音が聞こえた。後ろを振り向くと橋の中央が焼けているではないか!

「消火器を持ってきて!」

 彩菜はそう叫ぶと、橋に近づいていった。野村と呼ばれた坊主頭の男の状態を知るためでもあった。時間的にちょうど橋を渡ったときだ。

 橋は中央から激しく燃えており、どんどんと端へと火が移っていく。後ろから田舎風の男と学生風の男がやってきた。

「あ、あれ!」

 学生風の男は指さした。その先には何かが流れている。短く刈っている頭が見える。野村だ! 野村が川を流れているのだ!

 三人は岸沿いに野村を追いかけた。だが、頭をこちらに向けているだけでまったく反応がない。

「まずいわ。このままじゃ窒息死するわよ」

「でも、どうするんですか? あいつを助ける術はないんですよ、この状況じゃ」

 学生風の男は言った。すると、田舎風の男があせったように言った。

「あそこ分岐点になってるぞ!」

 川の流れの奥にみえるのは二手に分かれたポイント。暗くて詳しくはどうなっているかはわからない。

 と、その時、野村の頭が水中に沈んでいってしまった。もうどこにいるかわからない。彩菜たちは足を止めた。

「どこかに行ってしまった……」

「橋のところまで戻りましょう。まだ、炎の勢いが収まっていないみたいだから」

 彩菜たちのところまで炎の光はかすかに届いていた。


 幸いにも消火器が屋敷の中にあったことから、橋の炎を消すことはできた。だが、橋は崩れ去りもう向こう岸にいけなくなってしまった。

 彩菜を含めた七名たちは橋の近くに消火器を置き、岸沿いに歩いていった。他の橋があるかもしれない??その望みを託したのだ。

 その間に彩菜は、あの屋敷から外にでることはできなかったということを聞かされた。窓には取り外しができない鎧戸がつけられ、通用口となる玄関と裏口の鍵は外からかけてあったという。なんとも不思議なつくりだと彩菜は思った。

 だが、彩菜が訪ねてきたとき玄関の鍵は開いていたという。犯人は彩菜が来ることを知っていたから開けておいたんだろうか?

 岸沿いを一周した。だが、橋となるものは何一つなく、ここは外界と話された離島となってしまっていた。彩菜は携帯電話を取り出してみたが、予想通り圏外だった。

 七人は屋敷の中に戻り、皆が全員入ることができる食堂に集まった。

 カーテンは引かれており、開けてみても鎧戸がついているため窓を開けても外に出られないことを確認した。

 食堂は洋風なつくりで、入り口からまっすぐのところにマントルピースがある。上の壁には古い柱時計がついている。床は赤のじゅうたんでこちらも古く色あせている。テーブルにかかっているテーブルクロスは綺麗だったが、所々しみがついている。

「さて」と、一番奥のテーブルのところに立った彩菜は言った。

「改めて、私は西山彩菜といいます。ここに来たのは私の事務所に、ここの人たちの命を預かったという手紙を受け取ったからです」

「どういうことですか? あなたになぜそのような手紙が来るんですか? 警察の方じゃないでしょうね?」

 ロングヘアーの女性が訊いてきた。

「そんな一辺に質問されても答えは一つですね。私は探偵なんです」

「探偵だって!」

 学生風の男が思い切り立ち上がった。まるで珍しいものを見るような目で彩菜を見ていた。

「どうかしましたか?」

 学生風の男は正気を取り戻したように、「なんでもありません」といって席についた。

「あなた方を助けに来たのですが、先ほどの状況では戻る手段はありません。そして、この屋敷の中には私に手紙を送ってきた犯人がいる可能性もあるのです」

 六人はざわつき始めた。彩菜はそれをとめさせて、続けた。

「こうなっては仕方ありません。私が犯人を探し出しながら脱出する方法も探したいと思います」

「具体的にはどうするんだい?」

 彩菜の右手にいる少年が言った。めがねをかけていて、学ランの学生服の上にコートを着ている。

「とりあえず、自己紹介でいいのであなた方について知りたいので教えていただけませんか? 名前、年齢、職業などをお願いします」

「なんでそんなことをする必要があるんだよ」

「何か共通点があれば犯人を探し出しやすくなるかもしれませんからね。じゃあ、反時計回りで行きましょう」

「じゃあ、僕からか」と、学生服の男が言った。

「僕は、村山彰浩。年は十五で職業は学生。ちょうど受験シーズンだって言うのに迷惑な話しだよ」

 村山がそう言うと、次は奥のロングヘアーの女性が言った。

「あたしは、天城詠美。二十歳の学生よ」

 その次は背広を着た紳士的な男性が言った。

「オレは日下部洋平。三十五歳で、美術館を経営している」

 テーブルを挟み、学生風の男が今度は言った。

「俺は辻風新次だ。年は二十で詠美さんと同じ。職業は特に決まっていない」

「フリーターってことですか?」

 彩菜がそう訊くと新次はうなずいた。彩菜は次のショートヘアーの女性に促した。

「私ですか? 私は、栗山飛鳥といいます。三十二の医者です」

 次に田舎風の男が言った。

「おれは山下祐次。年齢は二十六で、職業は農家だ」

「ありがとうございます、皆さん。私も再度しておきますと、名前は西山彩菜といいます。年齢は二十一で、職業は探偵と大学生。一年留年をしていますけど」

 彩菜はあたりを見回し、軽く会釈した。そして、続けた。

「まずあなた方に質問をしたいと思うのですがよろしいでしょうか?」

「どんなことを?」日下部が言った。

「どんなことって??もちろん、事件のことですよ。事件の解決をするためにいくつか質問したいことがあります」

「わかった」

「まず、??思い出すのはつらいかもしれませんが??どこで犯人に誘拐されたんでしょうか? 今度も反時計回りで行きましょう」

 彩菜は村山に視線を移した。村山は少し間を空けてから言った。

「僕の最後の記憶は学校から帰ってくるときだった」

「どのようにして?」

「口をハンカチかなんかで防がれた」

 彩菜はうなずき視線を天城に移した。

「あたしも大学から帰ってくるときだよ」

「やはりハンカチで?」

「多分……。布みたいなので口を押さえられたとしか覚えてないわ。あたりは暗かったし」

 視線を日下部に移した。

「オレは美術館に向かっている途中だった。同じくハンカチらしきもので口を押さえられた」

 今度は辻風に視線は移った。

「俺はバイト帰りだった。ハンカチじゃなくて頭を殴られたがな」

「あたりは暗かったですか?」

「ええ、暗かったですよ」

 今度は手前の栗山医師に視線を移す。

「私は病院から変えるときです。布類で口を押さえられました」

「おれは休憩中に背後から口を何かで押さえられたよ」

 山下は彩菜の視線が移る前に言った。

「ありがとうございます。もう一ついいですか? どれくらいこちらにいるんですか?」

「たった二日前からだ」

「あたしはちょうど一週間前だよ」

「十一日前だ。なぁ栗山先生?」

「ええ、私も十一日前に来ました。それから数時間で日下部さんは来ました」

「俺は五日ほど前だった思います」

「おれは九日ぐらい前だったかな」

 それぞれ、村山。天城。日下部。栗山。辻風。山下の順で言った。

「わかりました、ありがとうございます。ところで、野村さんはどうだったのでしょうか?」

「確か村山君が来る前だったから、三日ぐらい前だったと思うが」

 山下がそう説明してくれた。

「そうですか、ありがとうございます。さて、これはもっとも重要なことだと思うのですが」

 彩菜は少し間をおいてからいった。

「食事はどうされていたんですか?」

 この質問には他の人物は少し唖然としていた。急に事件に関係ないことが訊ねられたのだ。

「ああ、俺と栗山先生とで料理してました。隣に調理室があって、そこに材料があるんです」

 皆が唖然としている中、唖然とした状態でそう説明してくれたのは辻風だった。

「そうですか。ちゃんと材料があったんですね。まだ残ってるんですか?」

「ええ、まだ残っています。この分だと後二週間は持ちますよ」

「わかりました。さて、とりあえずこれだけ質問をさせていただければ十分です。じゃあ、これからどうしましょうか?」

 彩菜は時計を見た。もう十一時をすぎている。あたりはその投げかけに対して何も返答をしなかった。

「じゃあ、もう寝ましょう。皆さんはどこで寝ているんですか?」

「あたし達には一人ずつ部屋が割り当てられているのでそこで」

 そう説明したのは天城だった。

「じゃあそこにみんなで行きましょう。ああそれと、単独行動は控えるようにしてください。犯人がこの屋敷の中に潜んでいる可能性がありますからね。朝は皆さんを起こしにいきますのでそれまで勝手に部屋の外に出たりしないでください。それと、鍵はちゃんとかけておいてくださいね」

 彩菜はそう言うと、立ち上がり部屋に行こうとジェスチャーした。


 廊下にも赤のじゅうたんが敷かれている。窓という窓はカーテンを引かれており、開いても鎧戸がついている。

 部屋街は廊下を隔てて隣同士になっており、数は七部屋しかなかった。

 まず、部屋を出ると目の前に遠くまで見える廊下が現れる、唯一、隔てた先に廊下しかないのが山下の部屋だ。その隣を行くと日下部。天城。村山の部屋へと続き、村山の前の部屋は野村。辻風。栗山医師の順番となる。

 部屋順を覚えた彩菜は栗山医師の部屋へと入った。

 彩菜の部屋がなかったという理由でもあるが、本来の目的は朝、迎えに行く必要があるということにある。

 野村の部屋を使ってもいいのだが、朝、皆を起こすときに単独行動になってしまう。その機会を犯人は逃すことはないだろう。それを防ぐため、彩菜は誰か一人と同じ部屋に入ることにしたのだ。

 女性の彩菜は栗山医師か天城の部屋となるのだが、栗山医師が快く進めてくれたので栗山医師の部屋に泊まることになった。

 波乱の一日の闇はさらに深まっていった。


 翌朝、彩菜が起きるとすでに栗山医師は起きており、何か手帳に書いていた。

「おはようございます。なにを書いているんですか?」

「おはよう。これはね、私がここに誘拐されてからのことを書いてるのよ」

「見せてもらってもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

 栗山医師は書き途中の手帳を彩菜に渡した。手帳にはこれまでのことを立証することが書かかれており、ここに来た人がいつなのかまでちゃんと記されていた。昨日の野村の死にもついて書いてあった。だが、証言を立証しただけでこれといった手がかりはなかった。

 彩菜は手帳を返し顔を洗ってから二人で皆を迎えに向かった。皆、無事に部屋から出てきたので全員そろって食堂へと向かった。

 食堂に着くと昨日と同じ席順にし、彩菜と栗山医師、辻風は調理室へと向かった。朝食の準備をするのである。

 調理室はさほど広くはなかった。一般家庭の台所が少し広くなったような場所だ。食材はすべて冷蔵庫に入れるものは冷蔵庫に、入れなくてもいいものは机の上にとあった。

 栗山医師は水場の近くで卵をフライパンにいれ目玉焼きを作り出した。辻風はパンをトーストにしている。彩菜は手伝うつもりだったが、他の二人がてきぱきしているのでやることがなくなっていた。

 しかし、手伝いためだけに来たのではなかったのでそちらのほうに力を入れた。戸棚の中を調べたり冷蔵庫の中を調べたりした。

 戸棚の中にはたくさんの食器やお椀がある。さほど高級なものではない。冷蔵庫の中には食材がちゃんとそろっており、綺麗に整頓されている。この分なら本当に二週間は持ちそうだ。

 調理器具が入っている戸棚には、フライパンやらボールやら必要不可欠な調理器具が置いてある。包丁も壁にかかっており、八本置いてあった。

 一通り調べが終わると、食事もちょうどできていた。皿の上にはトーストと目玉焼き、ハムエッグなどが乗っている。彩菜は何もしなかったので盆に皿をのせ運ぶのをした。食堂はすぐ近くなので何の問題もなかった。

 食事中は会話はなかった。皆、静かに食べている。

 皆が食べ終わり食器を片付けるため、席を立ち上がった彩菜は言った。。

「それじゃ食器を片付けますね。ああそれと、この後手荷物の検査をさせていただきたいのですがいいでしょうか?」

「なんでそんなことをしなきゃならないの?」

 天城が少しイラついた口調で言った。

「昨日の質問と同じ回答ですよ。じゃあ、まずは食器を片付けますから待っていてください」

 彩菜たち三人は食器を調理室に持って行き洗い始めた。その途中に辻風は彩菜に質問をしてきた。

「なあ、探偵さん。これは事件なんですよね?」

「ええ、連続誘拐殺人事件ってところかしらね。でも連続殺人はさせないわ」

「探偵さんには助手はいないんですね」

「事務所にそんな役に立つ人はいないのよ。お父さんも一人でやってたし」

「お父さんも探偵なんですか?」

 彩菜は乱夢について説明した。すると、辻風は感嘆の叫びをあげた。

「そんな大声出さないでよ」栗山医師が辻風に注意した。

「すいません。まさか、乱夢探偵の娘さんだとは思いもしませんでしたよ」

「まだまだ、新米探偵だけどね。ほら、口を動かしてないで手を動かしなさい」

 辻風はそういわれ止りがちだった手を動かし始めた。それから数分沈黙が続いたが辻風はその沈黙を破った。

「探偵さん。助手がいないなら俺を助手にしてくださいよ」

 唐突だった。彩菜は驚き一枚の食器を割ってしまったほどだ。あせって破片を拾おうとしたが栗山医師が辻風との話しに決着をつけろといってきたので、破片拾いは栗山医師に任せた。

「どういうこと?」

「俺を探偵さんのワトスン役にさせていただきたいんですよ。まあ、彼みたいに小説はかけませんが」

「なんで、ワトスン役になりたいと思うの?」

「俺はこう見えても推理小説だけは読んでいましてね。事件に関して結構興味を持っているんですよ。だから、この事件の真実をこの目で知りたいんです」

 彩菜は少しためらってから言った。

「ダメよ。推理小説なんて所詮、本の世界じゃない。実際の事件とは違うわ。ほら、手を動かす。私だって忙しいんだから」

 食器の片付けが終わり、彩菜たちは食堂に戻った。彩菜は手前の入り口近くにいる日下部の部屋から調べることにした。

 日下部の部屋は栗山医師の部屋とまったく同じつくりだった。どうやら、部屋の造りはどの部屋も同じなのかもしれない。

 入り口を入ってまっすぐ行くと窓がある。右にはベッドが置いてある。枕の上にはスタンドライトが置いてある。その近くには小さいテーブルが置いてある。すべて栗山医師の部屋と同じだ。

 入り口をまっすぐ行く途中には洗面台への入り口があり、ドアを開ける必要がある。

 彩菜は持ち物のが入っているカバンを日下部から渡された。黒のカバンで、中には書類や鉛筆などの筆記用具がある。他にはメガネやら手帳やらしか入っていなかった。

 次に天城の持ち物を調べた。やはり部屋の造りは同じだった。持ち物のカバンに入っているものは教科書類と筆記用具。それと、携帯電話とイヤホンが入っていた。

 村山の持ち物は、バッグに入っていた教科書や筆記用具などの文房具だった。受験生ということもあり参考書が何冊か入っている。

「これは?」

 彩菜は意外なものをその中から見つけ出した。携帯電話のような形なのだが携帯電話ではない機械だ。

「ああ、それはPDAだ。携帯型パソコンみたいなもの」

 次は山下の持ち物だ。だが、農作業中の休憩中に誘拐されということもあり持ち物は何一つなかった。あるものはタオルだけだ。

 次の栗山医師の持ち物は、事件を記した手帳のほかに筆記用具、書類??医療関係の書類だ??しか入っていなかった。

 最後の辻風の持ち物は、一通の封筒と財布だけだった。封筒は給料が入っていたという。

 一通り部屋を見終わった彩菜は食堂の椅子に座って考え込んでいた。特に共通点もあるわけでもないし、殺せそうな道具も持っていない。持っていても隠し持っているのだろう。

 彩菜が考えていると、山下が話しかけてきた。

「西山さん。おれをここから出させてくれよ」

「え? ああ、じゃあ誰かと一緒に??」

「それがいやなんだよ。単独行動を許可してくれ」

「なんですって!」

 彩菜は思わず立ち上がった。皆が彩菜に注目した。

「山下さん、それがなにを意味しているかわかっているんですか? 殺されるってことですよ」

「でも、何もなかったじゃないか。あの野村さんの死から」

「まだ一日もたっていません。何が起こるかはまだわからないんですよ!」

「こんなところに閉じ込められていたくないんだよ。こんな息苦しいところにな」

「だからといって??」

「もういい。勝手に行動をとらさせていただきます」

 山下はそういって食堂を出て行った。すると、辻風が言った。

「いいんですか? 単独行動をして?」

「ダメに決まってるでしょ。あの人は勝手に出て行ったのよ」

「なあ、探偵さん」と、日下部が言った。「部屋に戻っていいかね?」

「ええ、もういいですよ。じゃあ、誰か??」

「なに、一人で大丈夫だろう」

「だから、それがいけないんです」

「だったら、あたしがいくわ」

 そう申し出たのは天城だった。天城も部屋に戻りたいから、一緒に行くという。すると、辻風を除いたほかの人たちは自らの部屋へと戻ることを志願した。彩菜はそれを許可し、鍵をかけるよう念を押した。

「で、あなたはどうするの?」

 皆が出て行った中で一人だけ椅子にすわ待ったままの辻風がいた。

「俺は探偵さんについていくよ。事件の真相を知りたいからな」

「だから、ダメだって言ったでしょ」

 彩菜は少しきつく言った。だが、辻風は動じなかった。

「じゃあ、俺をここに一人残すんですか? あなたがあれほど単独行動はダメだっていったのに」

 痛いところをつかれた。部屋に送り届けてもどの道ついてくるんだろう。彩菜はあきらめ、辻風新次と共に行動することにした。

「ありがとう、探偵さん。力になれることがあったら力になるよ」

「もう、なんてずるがしこいんだか。じゃあ、あなたはこの事件をどう思う?」

「どう思うって言われても……」

「犯人は誘拐された人物の中にいると思う? それとも外部犯だと思う?」

「外部犯でしょ」新次は即答した。

「状況的にはその可能性が高いわね」

 少し間を空けてから彩菜はそうつぶやいた。しばらく間をおくと彩菜は言った。

「行きましょう」

「どこへ?」

「まだ調べてない部屋があるの。そこによ」

 彩菜は食堂を後にした。新次もその後に続く。

 彩菜が入った部屋は野村の部屋だった。川に落ちたあの野村だ。

 野村の部屋も造りは同じだった。早速持ち物を調べてみると、水着やゴーグルなどの水泳道具が入っていた。さらに調べてみると、一番奥に市販で売っているバウムクーヘンより少しばかり大きい金色の輪があった。

「どうやら水泳の選手だったみたいですね」新次が言った。

「この輪は水泳に使うのかしら? 私は使わないけど」

「いや、多分使わないと思います。水泳に関係ないのでは?」

 彩菜はそれらをバッグに戻し部屋を後にし、外の橋のところへ向かった。

 橋はほぼ完全に焼け落ちていた。ジャンプして対岸に届く距離ではない。橋をささえていた柱は焼けてはいたものの倒れてはいなかった。

「これといった手がかりはなさそうですね」

「ええ。これだけ焼けてたら何もみつからないか……。何かあればいいなぁと思ったんだけど」

「これからどうしますか? 屋敷に戻ります?」

「いや、岸沿いをまた回ってみましょう。前見たときは夜中だったから何か見落としていたものがあるかもしれないわ」

 岸沿いを半周した時、川へと入ることができる場所が一角あった。だが、肝心の対岸にそのような場所がないため、ここから入って泳ぎ出せば水に飲み込まれてしまうだろう。

 その場所に山下は一人ぽつんと座っていた。

「山下さん、こんなところで何をしているんですか?」

 彩菜は自分達に気づいていない山下に話しかけた。山下は絶望したような表情をみせていた。

「ああ、探偵さんか……。いや、出口がないかを探していたんだよ。昨日は夜だったか何かを見落としているかもしれないと思って」

「そうでしたか。実は今、私たちもしているんですよ」

「そうか。でも、意味ないよ。何も対岸に行く術はなかった」

「でも、何かしら対岸に行く方法はあるはずですよ」

 と、新次は山下を慰めるように言った。

「どうしてそういいきれるんですか?」

「だって、犯人が脱出するためのルートがあるはずなんですから」

「そうとも限らないわよ」

 新次の発言に対して、彩菜は間髪を入れずに言った。

「どういうことですか?」

「犯人が必ずしも逃走するとは限らないって訳よ。ここで全員、死ぬのかもしれないわ。あの有名なクローズド・サークルの作品と同じようにね」

 新次はその作品の名前はわかったが、特に発言はしなかった。発言したからといって何かがあるわけでもない。

「じゃあ、犯人を捕まえてもここから出られないわけですか?」

「そういうことになるわね。だから、そうならないためにも脱出方法も考えているんじゃない。まずは恐ろしい犯人を捕まえてからだけどね」

「あの」と山下は彩菜にむかって言った。

「本当に脱出する方法がないとお考えですか?」

「え? ええ、今のところは」

「可能性が低いものでもですか?」

「可能性が低い??ああ、そういえば一個あります!」

 彩菜は感嘆の叫びをあげた。

「辻風君。調理室に空のボトルはある?」

「空のボトルですか? ペットボトルでもいいならありますけど??」

 それが何か。と、言おうとしたが彩菜が山下にむかって話していたのでいうのはやめた。

「早くボトルを取りに行きましょう!」

 彩菜は橋のところまで戻ろうと歩み始めると、山下はそれをとめた。

「こちらに裏口があります。そっちから行きましょう」

「裏口が?」

 裏口は川へと入れる場所からまっすぐ行ったところにあった。昔からある屋敷のようだから、川へ洗濯するためにこの裏口をこの場所に作り、川への道も作ったのだろう。

 裏口のドアノブに山下が手をかけると「あれ?」とつぶやいた。どうしたのかと訊ねると山下は言った。

「いや、ノブがぬれているんですよ。出て行ったときはぬれていなかったんですが」

「ぬれた手で触ったんじゃないですか?」新次が言った。

「いや、おれは出てから一回もこの入り口に近づいてないからそんなことはないんだが」

「じゃあ、誰かがここに手をかけたんでしょう。他の人たちもあなたのせいで単独行動に近いことをするようになったんですからね」

 これも新次が言った。彩菜は先ほどから何かを考えている様子で、何も口にしない。

 山下はさぞ悪いことをしたと詫び、屋敷の中に入っていった。調理室であったペットボトル五本を手にし、栗山医師の部屋へと向かった。

 ペンと手帳の紙を貸してもらい、SOSを示す言葉を書き水が入らないよう簡単に加工したペットボトルに詰め川に流した。


 その日の午後、外では雪が降り始め一段と気温が下がり始めた。彩菜は栗山医師の部屋でずっと考えことをしていたので、ずっと部屋に閉じこもっていた。闇が空を完全に覆った時、彩菜たち三人は他の人のドアをノックし呼びにいった。最初に呼びに言ったのは村山だった。村山は彩菜にいた。

「あ、そうだ。日下部さんは調子悪いとかで今日の夕食はパスするって言ってた」

 彩菜たちは日下部の部屋だけノックせずに、他のものの部屋をたたいた。しかし、誰も出てこなかったので彩菜は不安になったが、先に食堂に行ったのではないかという結論に達して、食堂に向かった。案の定、食堂には彩菜たちと日下部を除いた全員がすでにいた。

 食後に彩菜は再度鍵をちゃんとかけるように皆に言った。わかっているとは思っていたけれど、単独行動をするようになったから再度念押しをしたのである。その時、八時を告げる時計が鳴った。


 翌日、外は白銀の世界へと移り変わっていた。はげた木には雪が覆いかぶさり白い木を作り出している。川は一段と冷たくなり、入ったら凍え死んでしまいそうだ。天気も曇りだ。雪溶けはまだまだ先だろう。

「日下部さん! 日下部さん!」

 皆を起こし終わった彩菜たちだったが、日下部だけがいくらドアをたたいても反応がない。当初は新次を起こした後に起こしにかかったのだが、なかなかおきないものだから後回しにした。その後回し後にも日下部は出てこない。ドアノブをいくら引いても鍵がかかっており開けることはできない。

 不安になってきた彩菜は、ドアを壊すことを決意した。幸いにも力強そうな山下と新次がいることから、二人にドアに数回タックルしてもらいドアを破壊して内部に入った。

 彩菜は自分以外のものを部屋に入れないようゆっくりゆっくりと中に入っていく。中に日下部はいた。だが、その胸辺りには包丁が布団の上から刺さっている。脈を図ってみたが止まっており、彩菜は首を振りながら栗山医師を部屋にいれた。

 新次が中に入らないで食堂に待っているよう皆に言うと、しぶしぶと食堂へ向かった。それが終わると新次は中に入り、二人の様子を観察していた。

「結構、冷えていますね。死後、相当の時間がたっています」

「半日ぐらいですか?」

「ええ、半日ぐらいですね。もしかしたら前後しますが」

 彩菜は携帯の時計を見た。七時三十分だった。

 彩菜は窓を調べてみた。鍵がかかっている。鍵を開けても鎧戸ははずされてもいないし、はずされた形跡もない。他の部屋に窓はないから、この部屋は密室になっている。

 ほかにあたりを調べてみた??時々腹ばいになりながら??が、何もこれといった痕跡は残っていない。日下部の血液は布団にすべて染み付いており、じゅうたんには染み付いていない。

 刺さっている包丁は彩菜のみならず栗山医師にも、調理室にある包丁であることがわかった。昨日の調理室にはちゃんと八本とも包丁は残っていたので、深夜に持っていったものと思われる。

 食堂に戻る前に調理室に行った彩菜たちが目にしたのは包丁が七本になっていることだった。確認を終えると、食堂に戻り彩菜は密室殺人になっていたことを告げた。事実を知らない全員が動揺した。

「落ち着いてください。私の忠告に従ってくださればもうあなた方の誰かを死なせたりはしません」

 彩菜は全体を見回してから続けた。

「明確ではありませんが、死亡推定時刻は昨夜の七時半ごろ。ということは、私たちがちょうど食事をしていた時間帯です。つまり、あなた方にはアリバイがあることになります。ということは、あなた方の中に犯人はいないということになります。食事中は誰も退席しませんでしたからね。
 よって、この事件の犯人は外部犯になります。それだと、この密室殺人は容易になります」

「どういうことですか?」天城が訊ねた。

「犯人はこの屋敷を用意しました。つまり鍵は犯人が持っているのです。ということは、いくら鍵を閉めようが無駄ですし密室にすることは容易です。
 そこで、あなた方に気をつけて欲しいのは、今日から単独行動は絶対しないこと。寝るときは鍵をかけ、ドアが開かないように重たいものを立てかけて置いてください。??そうですね、部屋には小さいテーブルがありますよね? それと椅子を使ってドアを押さえてください。そうすれば大丈夫でしょう」

 一通り説明が終わると、食事の準備を始めようとしたが、皆が食欲がないというので作るのをやめた。朝食を抜きになった彩菜は新次を連れて調理室で、パンを二枚ほどかじった。

「よく食欲がありますね……」

 新次は一枚目のパンを持ちながら言った。

「これから私と辻風君は動かなきゃならないんだから、ちゃんと食べておかないとね」

「どういうことですか?」

「外部犯となった以上、犯人はこの屋敷の中に隠れてるのよ。犯人を捜すのよ、この屋敷中を二人でね」

 だが、それは無駄に終わってしまった。屋敷は広かったが、部屋数はさほど多くなかった。ほとんどが大きい部屋ばかりで、隠れるところもあまりない部屋ばかりだったのだ。彩菜は隠し扉などがあるんじゃないかと考慮を入れたが、そのようなものはまったくなかった。
 地下室には鍵部屋があった。しかし、鍵は一本も残っておらず、錆びているバウムクーヘンを少し大きくしたようなリングがかかっていた。

 あっというまに夕暮れになり、夕食時となった。さすがに食欲はなくともおなかはすいてきたので、食事を取った。八時を知らせる音が鳴ると、皆は自分の部屋へと戻っていた。彩菜は念押しして、朝言ったことを再度言った。

 片付けを調理室でしていると、新次は皿を落とした。

「ちょっと、何やってるのよ」

 彩菜が言った。新次はごめんごめんといいながら、割れた破片を拾った。その動きはどこか鈍く、疲れきっているようだった。

「どうやら、疲れてるみたいね」

 その様子を見ていた栗山医師が言った。

「ごめんね、辻風君。今日はつき合せちゃったから」

「いえいえ、大丈夫です」

 新次は強がっていたが、やはり疲れていた。彩菜は破片を拾うのを手伝いとっとと片付けを終わらせ、部屋街へ向かった。

 いつも通り、新次が部屋に入るのを見届けていると、新次が部屋に鍵がかかっていると言い出した。彩菜は目を細くし新次が開けようとしているドアの部屋が新次の隣の部屋であることがわかった。

「辻風君。そっちはあなたの部屋じゃないわ。手前の部屋よ」

 彩菜は手招きをしながら、手前の部屋が新次の部屋であることを教えた。

「あれ? そうだっけ……?」

「そうよ。早く部屋に入って寝なさいよ」

 新次は疲れきった足取りでドアを開けるとすんなりとあいた。彩菜はドアをテーブルなどで押さえるようにすることを忘れていそうだったので、新次にそのことを告げた。

 その時、彩菜の頭に何かが走った。彩菜はその場でなにかを考え始めた。

「もしかしたら??いやでも??しかし??」

 彩菜はぶつぶつつぶやいた。すると、彩菜はひらめいたかのように栗山医師に小さな声で新次の部屋で泊まるということを告げた。ちゃんと、鍵等をかけるように言っておいて、新次の部屋に入り、事情を説明した。


 食堂の時計が零時を知らせた。部屋街に忍び足で歩いているものがいた。ポケットはちゃらちゃらと小さな音を鳴らしている。ある部屋の前で止まるとポケットから一本の鍵を取り出しドアを開けた。ドアはすんなりと開き、ベッドに忍び足で歩み寄った。

 そして、鍵が入っていないポケットからタオルに包んだ包丁を取り出した。その包丁を右手に持ち膨らんでいるベッドの上にそれを刺したではないか!

 その時、部屋の光がぱっとついた。包丁を持っている男は後ろを振り返ると、そこには二人の男女が立っていた。男は眠そうな顔をしているが、女のほうはまだ十分起きていられそうな目だ。

「あなただったんですね。この連続誘拐殺人事件の犯人は野村さん! あなたです!」

 包丁を刺した男の正体。それこそ、彩菜と最初に会ったときとは違う服装をしているが橋から落ちて死んだと思われた野村であるのは間違いなかった。

「なにを言い出すんですか? おれは間違えてここにきてしまったようですね」

 あきらかにその声は動揺していたが、何とか沈めようとしていた。

「いいや、間違いじゃありませんよ。あなたは辻風君を殺しにきたんでしょう」

「なにを言ってるんですか、探偵さん。おれは間違えて??」

「もううそをついてもダメです。あなたが包丁を布団の上に刺したのは私と辻風君がちゃんと見ました。殺人未遂で送検されるでしょう」

 野村はしたうちをすると包丁を抜き出し、彩菜と新次に向かって走り出してきた。新次はあらかじめ彩菜に持たされていた小型の時計を野村の顔に投げつけた。

 野村は痛がり、足を止めた。それを彩菜は見逃さず、包丁を落とさせて新次に野村を押さえつけさせた。

「今ので完全に送検されますね、野村さん」

「なぜ、おれだとわかった?」

 野村は彩菜を無視していった。

「辻風君は最初から野村さんが怪しいと思っていたと思っているかもしれませんが、推理小説の名探偵たちのように私はさっきまで野村さんが犯人だとは思っていませんでした。

 順序正しく説明しましょう。まず、野村さんの荷物の中にあった水泳競技用の道具。これはあなたが水泳選手であることを示していました。あなたの体つきからしてもそうでしょうね。ということは、あの川の中に落ちても生きている可能性はあるわけです。あなたが燃えている姿を見た人はいませんしね。それによく考えたら、人は沈むことはなく浮かんでくることが多いでしょう。

 流れたあなたはおそらく、中流か下流にあるであろう小屋か何かに入り暖をとったでしょう。この寒い冬に川の中へ入ったんですから体は相当冷えていたはずです。その小屋にあるはずですよ、私があったときにきていた服がね。もしかしたら、爆弾の起動スイッチもあるかもしれませんね。まあ、この小屋というのは証拠がないので、確信は持てませんが、どこかであなたが暖をとったのは確かなはずです。

 暖を取ったあなたは屋敷に戻ってきた。橋がないので行き来することはできやしませんが、屋敷に行くことだけはできます。裏口の近くにあったあの川へ入る場所を利用すれば。川に飛び込みその場所から岸にあがったんでしょうね。屋敷に入るには裏口から入った。そのときについたのが、山下さんが言ったあのぬれたドアノブです。つまりあの状態であなたは屋敷に戻ってきていたんです。

 次にまたしてもあなたの荷物にあった金色の輪。今日、地下室にある鍵部屋をみせていただきましたが、そこにはあなたの荷物の中に入っていたのと同じくらいの輪がありました??残念ながら錆びていたので色まではわかりませんでしたが??。あなたは鍵を外に持ち出す必要があった。屋敷の中においておいては安心できませんから、私が調べるかもしれないとね。しかし、鍵輪は大きすぎてあなたは外へ持ち出すことができなかった。そこで、バッグの奥にしまい込んだんでしょう。

 屋敷に戻ったあなたは自分の部屋に入りバッグの中をみてみた。そのときに輪が動いていればすでに部屋は調べられ動いてなかったらまだ調べられていないということがわかります。そのために輪はバッグに入れていたんでしょう。輪が動いていればその部屋はほぼ安全であるのが確実だし、輪が動いていなければまだ部屋を調べられる可能性があることがわかるようにしていたんです。見てみると動いていたのであなたはそこで休むことにしました。

 しばらくすると、廊下が騒がしくなったのに気づきました。それは私たちがみんなを呼びに行っている光景でした。そこで村山君の声を聞いたんでしょう『日下部さんは調子悪いとかで今日の夕食はパスするって言ってた』というのをね。あなたは絶好のチャンスに恵まれた。だが、凶器をそのときは持っていなかった。包丁は調理室のを使われていましたからね。だから、あなたは私たちがいなくなるのを見計らって包丁を抜き出し、鍵を使って日下部さんの部屋に入り込んで殺害したんです。

 その後はちゃんと鍵をかけて自分の部屋に戻るだけでいいでしょう。次の機会を待つばかりです。

 だけど、今日はそのチャンスがなかった。チャンスがなかったあなたは深夜になってから部屋に忍び込み、こうして殺人を行うつもりだったんです

 正直なところあぶなかったですよ。辻風君があのボケをかましてくれなかったら、辻風君は生きていなかったかもしれません」

「どういうことですか?」

 新次は驚きの声で訊ねた。彼の目は眠気がふっとんでしまってパッチリと開いている。

「あなたは隣の部屋を開けようとしたでしょ? あの部屋はあなたの部屋ではなかった。野村さんの部屋だったのよ。野村さんの部屋に鍵がかかっているはずはないわ。それで私は今説明したとおりのことを考えた」

「でも、今のは全部状況証拠ですよ?」

「ええ、そんなことはわかっているわ。証拠はないのよ、何一つ。だから、こうしてかまををかけたのよ、殺人現場を見ようってね。ついでにいうと、野村さんはさっき私のことを『探偵さん』って言ったわよね? 私は野村さんに向かって探偵なんて一言も言っていないわ。この時点で状況証拠としては完璧ね

 物的証拠を私は持っていないけど、警察はきっとちゃんと見つけてくれるわ。この屋敷の持ち主が誰なのかとか指紋を調べたりしたら、すぐ見つかるもの」

 彩菜は一息つくと野村に問いかけた。

「最後に聞いていいかしら? 動機はなんだったの? この殺人を犯すに相応する動機は?」

「復讐さ。親父の仇をとるためにな。お前もそうだが」野村は新次に指差した。

「他のやつらもみんな、親父を罠にはめて金を持っていきやがった。親父は働いても働いても金がたまらなかった。そして、親父は過労死で死んじまった。おれは親父の復讐をするため、そいつらを探した。だが、みんな死んじまっているっていうじゃないか。おれはいやでも復讐をするために、その子供たちをここに集め、殺すつもりだった」

 その後、彼が言ったのはなぜ探偵を呼んだかということだった。野村が長々と言い出したので簡単に説明することにする。

 野村の父、野村博は昔、登山をしているときに遭難したそうだ。その時に同じく遭難した西山乱夢がおり小屋でその晩を過ごした。翌日、ふぶきが緩まり軽く視界が開いてるときに乱夢は外に出て行ったそうだ。博はそれをとめたのだが、乱夢は聞かずそのまま行ってしまった。

 それから、半日ほど立つとふぶきは強まってしまった。博はその場に取り残され、孤独な思いをしたそうだ。それから数日して彼は救出されたが、博は乱夢が許せなかったのだという。自分ひとりで行ってしまうなんて……。

 それを聞いた彩菜は逆恨みだと主張した。だが、野村にその言葉は届かなかった。


 それから野村を含めた、七名は川へと流したボルトを発見してくれた人が救助隊を呼んでくれたおかけで屋敷から脱出することができた。

 野村は全員を殺したら、自分も死ぬつもりだったという。だから、脱出ルートは考えておらずあったとしても川のトリックしかなかった。その川トリックも他の人たちには使えないので、救助隊を彼らは待っているしかなかったのだ。

 警察が屋敷を調べる必要はなくなった。野村がすっかりと事情を話したからである。日下部の殺害も。七人を殺害しようとしたことも。彼は今後、つらい人生を送ることだろう。

もくじ